「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
「ははっ、大丈夫だよ。よく見てごらん?」
目視したくないけれど、水月さんがそう言うならと、私は黒い物体の正体を確認する。
すると、癖のある焦げ茶色の髪をした男の子が俯いて座っていた。
あれ? さっきは確かに、黒い影に見えたのに……。
「水月さん、あの人は先客ですか?」
角の席に座っている彼は前髪が長いせいで、目が見えない。でも、どことなく雰囲気が水月さんに似ている気がした。
学ランを着ているところを見ると、高校生かもしれない。なんにせよ、幽霊扱いしてしまったのは、申し訳なかったな。
「俺のことは水月でいいよ」
「え? ああ、はい……」
「で、あれは俺の弟の陽太(ひなた)。おーい、お前も挨拶しろよ」
店内はさほど広いわけではないのに、まるで山の向こうにいる人間に声をかけるような勢いで水月さん──水月くんは叫ぶ。
案の定、陽太くんは血色の悪い顔を上げてしかめっ面をした。