「ここは……。」
廊下…。
辺りは薄暗く、生徒の姿は見当たらない。
廊下に掛けられていたカレンダーは11月になっていて。
今は何時だろうか?
そんなことを思いながらキョロキョロと辺りを見渡していると、遠くの方から足音が聞こえてきた。
音の方に視線を向ければ、現れたのはやはり“私”だった。
ああ、確かこの日は忘れ物をしたんだ…。
急いで教室へと向かう“私”のあとを付いていくと、“私”は自分の教室の前で足を止めた。
どうしたのかと思い中を覗いてみれば、そこに残っていた生徒に納得した。
「静香と…あれは…」
静香と、そこには気の強そうな女の子が2人。
確か名前は、ツインテールの方が佐々木麗子(ささきれいこ)で、ショートカットの方が宮澤亜紀(みやざわあき)だ。
思い出せたことに少し安堵していると、ふと話し声が聞こえてきた。
『ねぇ、最近東條さんといないよね?なにかあったの?』
佐々木さんがそう聞くと、静香は少し唇を噛み締めてうつむいた。
『喧嘩したの?どっちが悪いの?』
ニヤニヤを隠すこともなく、今度は宮澤さんの方が静香に質問を投げ掛けた。
なんて答えるんだっけ…?
そう、ぼんやりと考えていると、目の前の静香は急に泣き始めた。
そんな彼女を見て、2人はギョッと目を丸くさせると、すぐに今度はなだめ始める。
『なに?ほんとにどしたの?うちら話聞くよ?ね、亜紀。』
『そうだよ。東條さんになにかされたの?』
その問いかけに、静香はそっと首を縦に振った。
「…っ…」
息をのむ私の声など聞こえるはずもないのに、知らぬ間に私は口元を右手で押さえていた。
『実はね…桜が翔くんをとったの……。』
「え……?」
何言ってるの…?
まるで頭を鈍器で殴られたかのように、ぐらりと目眩がした。
『は?なにそれ?そう言えば翔くんとも一緒にいなくなったよね。そんなことがあったんだ…。
東條さんって真面目そうに見えて性格悪いんだね。』
佐々木さんの言葉に、今度は胸がドクンと脈打った。
違う…。悪いのは私じゃない。
静香なのに…。
そう否定したいのに、まるで声を失ってしまったかのように言葉を失った。
それは私の横にいる“私”もそうで…。
そこでハッと思い出す。
ああそうだ…。静香は“また”私を裏切るんだ。
私から、全てを奪っていく。
『最低だね。明日から東條さんハブろうよ。』
宮澤さんのそんな言葉に、静香が彼女の腕を掴んで抗議する。
『違うの!私がいけないの!私に隙があったから』
『柊さん悪くないよ。てゆうか親友の面して男狙ってたとかマジでキモい。』
『だよね。麗子どうする?机になんか書いとく?』
『それは先生にバレるよ。とりあえずさ、柊さんのことはうちらが守るからさ。』
『ごめっ…ありがと……』
そんな光景を、“私”はずっと見ていた。
動かないで。いや、動けなかったんだ。
『そろそろ帰ろうよ。』
佐々木さんがそう言ったのを聞いて、ようやく“私”は動き出す。
そのまま一目散に廊下を駆けると、階段を降りて行ってしまった。
そうだ…。この日を境に、地獄が始まるんだ…。
少しずつ思い起こされる記憶に、また胃がキリキリと痛み始めたのだった。