『あれ?静香?』
また場面が変わったのか、今度はコーヒーカップの前で、“私”が声をあげた。
『柊…いないな…。』
『さっきまでここにいたのに…。どうしたんだろう?』
人が多い周りを見渡しながら、“私”が不安げに眉を寄せていた。
『ちょっと電話してみるね。』
携帯を手にとって掛けてみるが、一向に繋がる気配はない。
『静香…出ない。どうしたんだろう…。』
『出ないか…。翔はトイレ行っちゃったし、ちょっと俺付近見てくるから、東條はここに居て。』
『あ、うん。わかった。』
そう言って拓真くんは人混みの中へと消えていってしまった。
その後すぐに、翔くんがトイレから戻ってくると、“私”しかいない状況にあれ?と声を漏らした。
『静香と拓真は?』
『静香がどこかに行っちゃったみたいでね、携帯も出なくて。拓真くんが探しに行ってくれてるの。』
『え!?静香どこに行ったんだ?!誰かにさらわれたりしたんじゃ…』
『お、落ち着いて。もしかしたらトイレかもしれないし。ちょっとここで待ってよう。あんまり動くとまたはぐれちゃうから。』
『そうだよな…。ごめん、取り乱して…。』
翔くんが取り乱す姿を見て、本当に静香のことを思ってるんだなと感じられた。
あの時の“私”も、確かそう思ったはず。
なのに…。
…なのに…?
なにが…あったんだっけ…?
だんだんと今見ている光景が私の過去だということは分かってきているのに、どうしてもその先が思い出せない。
『…あれ?拓真の携帯も繋がらない。』
翔くんのそんな言葉に、私はハッと我に返る。
『え?拓真くんもどこかに?2人ともなにかに巻き込まれたんじゃ』
『そうかもしれない。ちょっと係りの人に声掛けてみよう。』
『あ、じゃあ一応迷子センター?あるみたいだから、そこに行ってみる?』
『そうだな。その間に周り見てみよう。もしかしたら見つかるかもしれない。』
そうして2人ははぐれないように行ってしまった。
「…っ!……駄目!そっちに行ったら!」
遠ざかっていく後ろ姿に、私はある記憶が蘇って、そう叫んでいた。
そうだ…思い出した。
今日は後悔する日。
ダブルデートなんて、してはいけなかった。
あの時私が断ってれば、誰も傷付かなかった。
そう。
静香は私を、
『あ!しず……』
静香を見つけたであろう翔くんは安堵にも似た表情を見せたかと思うと、すぐにその表情を消し去ってしまった。
『いた?どこに…』
すぐ後ろにいた“私”も、その姿をとらえた瞬間に言葉を失った。
この時に静香は…
私を…翔くんを…
「裏切ったんだ…。」
呆然と立ち尽くす2人のちょっと先には、静香と拓真くんの姿が。
あろうことか、2人は物陰のところでキスをしていた。
正確に言えば、静香が拓真くんを引き寄せて、唇をくつけた。
すぐに静香の肩をつかんで引き離す拓真くん。
しかし、静香は引かずに拓真くんと距離を縮めてなにかを言っている。
その言葉は分からぬまま、人混みに押され、2人の姿が見えなくなった。
キリキリと胃が痛んだのと同時に、ドクンドクンと胸が脈打つ。
それはきっと、目の前で呆然と立ち尽くす“私”も同じ状況なはずだ。
『なぁ東條。』
先程と変わらぬ声音で、翔くんは“私”を呼ぶ。
『帰るか。』
こちらを見て笑った翔くんの瞳は、少しだけ揺れていた。
そんな彼の言葉に、この時の“私”は頷くことしか出来なかったのだ。