記憶の欠片



「っ!」

パッと目を開けると、視界に入ってきたのは見慣れない白い天井だった。

「ここ…は…」

ゆっくりと体を起こして辺りを見渡せば、そこはどうやら病室のようだった。

「なんで…病院に…?」

特に体の痛みは感じられず、自殺はしていないのだと確信した。

「けど戻るとしたら、私の部屋の中じゃ…」

そう口にした時だった。
ガタッ!

「っ!?」

すぐ近くでそんな音が聞こえて、私は肩を震わせた。

「と…じょ…」

そんな声が聞こえて視線を向ければ、そこにいた人物に目を見開いた。

「拓真くん…」

そこには左頬に湿布、頭に包帯を巻いた拓真くんが目を見開いて立っていた。

「じゃなくて!どうしたのその怪我!何かあ」

「東條!」

「?!」

タッとこちらに向かってきた拓真くんは、優しく、それでも力強く私を抱き締めた。

「た、拓真くっ」

「良かった…。家の前で倒れてるの見つけて本当に焦って…」

そう呟く拓真くんの声は震えていた。

「ごめん!追い詰めて…!妊娠させて…!」

「っ…」

涙まじりのその声に、私は深く息をのんだ。

「俺…あの日嘘ついた…。」

「え…」

嘘…?
あの日がいつかわからずに固まっていると、拓真くんはそのまま言葉を続けた。

「駅のホームのとこで…。翔が東條を裏切ったみたいに言ったけど、違うんだ!
あの時は付き合ってなかったけど、確かに今はよりを戻した…。けど、東條のこと裏切ったんじゃない!柊はあれからずっと翔に謝りに行ってた。東條に会わせて欲しいって。中学卒業する前から!」

「っ…」

静香が…?

「それから毎日翔のところに行って頭を下げてた。それで最近になってやっと、翔が柊を許したんだ…。あの時駅で見かけたアイツらは、仲直りした時だった。
それが分かってたのに…俺東條に嘘ついて…部屋にまで連れ込んであんなこと…!」

そっと私を離した拓真くんの瞳は、涙で濡れていた。

「東條が俺の事嫌いな事わかってる。けど…誰にも渡したくなくて…。自分が異常な事はわかってるのに…」

「拓真くん…。」

「近付くなって言われたら一生近付かない!だけど責任とらせてほしい。
俺、東條に妊娠したって言われた後、すぐに学校辞めてきた。」

「え?」

「働こうと思って…。これから東條にかかるお金は全部、俺に払わせてほしい。
一応、東條のお母さんにも許可は貰ったけど…。」

お母さんの所にまで行ったの…?
そこで私はハッとする。

「もしかしてその怪我…」
「あ!いや…頭の方は、俺の親父だから大丈夫!てゆうか、殴られるのは当たり前だから…。」
「当たり前って…。拓真くんのせいだけじゃない。私も合意だったんだから、私にも責任がある。」

「え…」

「確かに、あの時裏切られたんだってショック受けて拓真くんの部屋に行った。けど、ショックだったからって私は嫌いな相手と体なんか重ねないし、ましてやそれが好きな人以外なんてあり得ない。」

「どうゆう…事…?」

訳が分からないという様な表情を浮かべる拓真くんに、私はクスッと笑って見せた。

「そんな異常なあなたが、好きだって事だよ。」

「っ?!」

「ずっと悪者にしようとしてたのに…やっぱり好きなんだよ…。」

今度は私から拓真くんに抱き付く。

「私とこの子を、一生養って下さい…。」

「っ…。うん!ずっと、守るから!」

ギュッと力強く拓真くんは私を抱き締め返すと、そっと体を離して嬉しそうに笑った。
その笑顔は、やっぱり翼の笑顔と重なって…

「きっとあなたの笑顔によく似た、優しい男の子が生まれるよ。」

「…うん…!」

必ず、存在させてみせるから。

そう思いながら、私は優しく自分のお腹を撫でたのだった。


そんな私達の会話を、病室の前で千春と翔くん、そして静香が聞いていた事を知るのは、もう少し後の話。



END