記憶の欠片



「ここ…は…」

中学校の時とは、明らかに違う教室。
ミーンミンと鳴り響くこの季節は、夏なのだろうか?

半袖のYシャツを身にまとう生徒たちを見渡して、私は“私”を見つけた。

「え…」

目の前の光景に、私は目を見開いた。

そこには、最近まで見ることのなかった“私”の笑顔があった。

『それでこの間喧嘩になっちゃって…。でもすぐ仲直りしたの。今度桜にも会わせたいな。』
『はは。写真だけで十分だよ。』
『えー!あ!桜は翔くんとはどうなの?もう付き合った?』
『翔くんはそんなんじゃないってば!』

楽しそうに話す“私”と…この女の子は誰だったっけ…。

思い出したいのに思い出すことができない。

この子は…

『千春(ちはる)はすぐそう言うんだから…』

千春…?あ、前川(まえかわ)千春。

1人だった私に、声を掛けてくれた優しい女の子。

最初はうまく笑えることも出来なくて、言葉を詰まらせたりしてて。
でもそんな私を、彼女はいつも優しい笑みを浮かべて待っていてくれた。
ふと、涙が出そうになった。
私…こんなに優しくしてくれた子のことも、忘れてしまっていたんだ…。
そんなことを思いながら2人を見つめた。

『だって毎日連絡とってるんでしょ?これはもう付き合っちゃうでしょ!』
『だから!翔くんは大事な友達だってば!』
『えー、好きなんでしょ?なんか助けてくれた男の子らしいし?これは恋の始まりですよ!』
『恋は始まらない!』

そうだ…。
卒業してから、翔くんは毎日私に連絡してくれて。
その内容はいつも
“拓真になにかされてないか?”とか“誰かに傷つけられたりしてないか?”というものだった。

そんな彼に、私は少しだけ申し訳ない気持ちがあった。
彼も、あの時本当に傷付いたのだ。
私が関わっている限り、あの出来事を思い出してしまうだろう。
だから、少しずつ翔くんから離れていかなければいけないと、そう思っているのに…。
彼の優しさに甘えているのは、私が弱いからだ…。
味方がほしいから…。

『まぁ、良いけどさ。そうだ!もし彼氏出来たら、ダブルデートしようよ!』

『っ』
「っ」

その言葉に、私だけではなく、目の前にいる“私”も深く息をのんでいた。

『桜?』

心配そうに顔を覗き込む千春に、“私”は慌てて微笑む。

『そうだね!ダブルデートとか良さそう!』
『……うん!そうそう!』

少しだけぎこちない空気が流れたが、すぐに千春はそれをかき消すかのようにいつもの笑みを浮かべたのだった。