「樹里亜さん。おなかがすきませんか?」
そういえば、もうすぐ夕食時。
「どこか行きたい店はありますか?」
「いいえ」
「僕に任せてもらっていいですか?」
「はい」


連れて来られたのは、裏通りにあるお寿司屋さん。
決して大きな店ではないけれど、歴史のありそうな店構え。

「こんばんわ」
山口さんはためらうことなく、のれんをくぐって行った。

「いらっしゃいませ」
カウンターの中から、若い店主が声をかける。
「あら、先生。いらっしゃいませ」
店主より年配の女性。

先生と聞いて、自分のことかと思ってしまった。
そうか、山口さんも先生だった。
カウンターに座ると、「ここは、教え子の店なんだ」と教えてくれた。

なんだか嘘をついてお見合いしたようでとても心が痛んだけど、お寿司は美味しかった。
店主やおかみさんお心使いも行き届いていて気持ちよかった。
山口さん自身にも、とても好感が持てた。

「樹里亜さん。よかったら、又会っていただけますか?」
食事もほぼ終わりかけた頃、山口さんが口にした。
私は、持っていた箸を置き姿勢を正した。
もう、黙っている訳にはいかない。

「実は、私は1人暮らしではないんです。一緒に暮らしている男性がいます」
やはり、山口さんは絶句した。
そりゃあそうだ、私の行動は非常識すぎる。

「樹里亜さん」
「はい」
「よかったら、又食事に行きませんか?」
はああ?
「山口さん、私の話を聞いてました?私には」
「結婚は考えてないんですよね。それに、同棲の事は秘密なんですよね。じゃあ、黙っている代わりに、時々食事に付き合って下さい」
私は口を開けたまま、山口さんを見つめた。

「無理強いはしませんが、迷惑でなかったら友達として、時々食事に付き合ってください。樹里亜さんもそのほうが都合がいいんじゃないですか?」

確かに、それはそうなんだけど。
断ればおばさんが、益々うるさくなるだろうし。

「でも・・・」
あまりにも不誠実なんじゃないかと思う。
「いいじゃないですか。新しい友達ができたと思ってください」
結局、押し切られてしまった。