「それで、梨華はどうしてるの?」
「今日は二日酔いで仕事を休んだわ」

はぁー。
母さんが溜息をつく。

妹の梨華は小さい頃から勉強嫌い、いかにも末っ子のわがまま娘。
今春地元の大学を卒業して今はこの病院で父さんの秘書をしている。
それでも、新入社員のくせに体調不良を理由にしてちょくちょく欠勤しているらしい。

「困ったものね」
「本当に」

頼みもしないのに、テーブルに食後のコーヒーが運ばれてきた。
「ありがとうございます」
母さんがお礼を言う。
さすが、院長夫人にはサービスが違う。

「梨華も一人暮らしがしたいんだって」
「へえー」
でも、不安だな。
梨華を一人暮らしさせたら何か起きそうな気がする。
「何でお姉ちゃんばっかりって言うのよ」
はあ?
「私は関係ないでしょう」
思わず言い返した。

確かに、私は大学入学と同時に一人暮らしを始めた
もちろん家から離れた大学に行ったのも理由の1つだったけれど、家から出たかったのも事実。
とはいえ、国公立の医学部に現役で行くだけの学力はなく、お金のかかる私立の医学部に行かせてもらった。
そのことは感謝してもしきれない。

「お姉ちゃんとは違うんだって、いくら言ってもあの子には分からないのよ」
「フーン」
だからあなたが帰ってきてと、母さんは言いたいんだと思う。
父さんからも、大樹からも再三言われている言葉。

でも、ごめん母さん。
「私は帰れない」
うつむきながらボソッと言った言葉に、母さんは何も言わなかった。
「ごめんなさい」
母さんの気持ちが分かっていても、謝ることしかできない。
だって、私はあの家には帰れないから。

「仕方ないわね」
諦めたように肩を落とし、母さんは帰っていった。

申し訳なさで気持ちは一杯だけど、それだけでは片づけられない事情があって・・・今はどうしようもできない。
1人帰って行く母さんを見送りながら、私の心は痛んで仕方がなかった。