中学に入っても、その関係は変わらず、クラスが一緒だろうと違っていようと、何かにつけてサワはぼくの眼の前に現れ、今まで通りに話しかけてくれた。部活こそ違っていたので、帰りはバラバラになったことも少なくなかったが、お互い受験生になり、部活も引退すると毎日のように一緒に下校するようになった。

 かくのごとくサワ隣は居心地がよかったが弊害がなかったわけではない。

 中学に入ってからも人気が衰えないサワと、人に馴染めないぼくとか並んで歩けば、必ず周囲の目を引く。そしてその視線はもっぱら好意的なものではない。
「そんなのいちいち気にするなよ」

 ぼくは終始、視線を気にしてたものの、サワはどこ吹く風だ。

「でも……」

 申し訳ない気持ちが絶えず胸の中に居座っているのに、それでも優しいサワに甘えてしまっていたのは、サワと過ごせる時間のタイムリミットが刻一刻と迫っていたからだ。

 ぼくとサワとの学力には著しい差がある。同じ高校に通うことは絶対にない。つまりはサワとこうやって過ごせるのもあとわずか。この一時《ひととき》をとにかく大切にしたい。
「コンビニでも寄ってくか?」
「うん」

 下校途中、サワにそう言われ、まるで尻尾を振る子犬のごとく笑顔でうなずく。

「今日は塾があるけど気分が向かないからサボるよ」
「そんなんで大丈夫か?」
「うん、多分」

 もう少し。もう少しだけ、サワと一緒にいたい。
 マニキュアを塗るために爪にベースコートを塗っていた。パッケージには速乾性と記されているものの、根がせっかちだからか、どうしても手首から先を小刻みに振って、少しでも早く乾燥させようとしてしまう。

 わたしは自分の爪の形が嫌いだ。幅が広くて短い。バランス的にも小さく、子供っぽい手と相まってどう見たってちんちくりんにしか見えない。

 いや、爪だけじゃない。わたし自身がちんちくりんなのだ。そのままの爪を周囲にさらすのは、醜いわたし自身をさらけ出しているような気がして落ち着かない。
 高校までは、そんな辱めに耐えに耐え抜き、大学に入ってから、原型をとどめないくらいにゴテゴテに爪を飾り始めた。箍《たが》が外れたというべきか、素の自分を隠すことに拍車がかかったというべきか。

 とにかく髪に色を入れ、ストパーも当て、雑誌に載っているような服もあれこれ買うようになって、金欠に陥った。

 幸いにもわたしは実家暮らしであり、食べるのに困ることはない。しかし、どうやっても月々にもらっているお小遣いだけでは足らず、でも、わたし自身を隠すことをやめることもできず、困ったわたしはバイトを始めることにした。
 チェーン店の洋風レストランでバイトをすることにしたのは、単に「いらっしゃいませ」というのがしたかったからだ。飲食店でも居酒屋を選ばなかったのは「はい、喜んで」というのだけは避けたかったから。

 そしてバイトを始めてすぐにわたしは大きな過ちを犯したことに気づく。

 後で考えれば当たり前のことなのだが、飲食店は基本、マニュキュアが禁止だ。可愛いストーンを散りばめるだなんて言語道断。

 またこのちんちくりんな爪を世にさらさなければならないのか。

 悩みに悩み、行き着いたのは、パッと見では気づかないくらいの薄いピンク色のマニキュアを塗ることだ。
 もちろん、そんなことごときではちんちくりんは隠せない。それでもただマニュキュアを塗っているだけで――たとえ薄い膜一枚に覆われているだけとはいえ――わたしの中での心持ちが違ってくる。

 要はファンデだけでも顔に塗るのと塗らないのでは心の落ち着きが変わってくるのと同じ。

 ベースコートが乾き、その上にマニキュアを塗って再び手首を振っていると、机の上に置いておいたスマホの画面が点灯した。

 少しの間だけ表示されるプレビュー画面を見落とし、チッと舌打ちが出た。

 マニュキュアで画面を汚さないように慎重に指先で画面をスワイプし、ホーム画面を表示させると、メール通知アイコンをタップする。
 メールはアクビからだ。

 アクビとは親友のあだ名で、いつもいつも欠伸ばかりしているから、それがそのままあだ名になった。

 明日はバイトが休みだから、大学の講義が終わったらお茶をすることになっている。待ち合わせ場所と時間が潔いほどにシンプルに記されているメールは、いかにもアクビらしい。普段、絵文字やらハートマークやらを多様するわたしとは正反対だ。

 "了解。"とこちらも必要最低限の文字だけで返信した。それがわたしとアクビのスタイルだからだ。
 アクビとの付き合いは高校にさかのぼる。実はアクビとは中学も同じだったのだが、その時は一切交流がなかった。高校の3年間で友達としての絆を深め、進学でわたしとアクビは別の大学に通うことになったものの、幸いにも駅にして二つしか離れていなかった。

 これもきっと運命だね。そう言ってはにかむアクビの顔があまりにも可愛くて、わたしはアクビのほっぺを両手で挟んだ。

「うん、そうだね。もうこれは運命以外のなにものでもないよね」

 その瞬間、わたしとアクビの関係は友達から親友になった。少なくともわたしはそう感じている。