荷台に乗っている私たちを考慮してか、宮脇さんはわりとゆっくりと走ってくれた。それでも暗い山道を軽トラの荷台で、というのはなかなかスリリングだ。

 ひたすら山道を走り続けてでこぼこな道を登っていくと、木々の合間から白いドームのような建物が顔を覗かせる。あれが西牧天文台だ。

 夜でも外観は目立ち、徐々に全貌が現れる様は期待感を膨らませていく。そして開けたところに車が出ると、天文台は目前だった。想像していたよりもずっと大きい。

 車が停まったのを受け、ほっと胸を撫で下ろすと、降りてきた宮脇さんが行きと同じようにあおりを倒してくれたので、私はゆっくりと地に足をつけた。

 車酔い知らずの私だったが、今回ばかりは『車に酔う』という感覚を初めて味わった気がする。平衡感覚がおかしくてふらつくところを穂高が支えてくれた。

「大丈夫か?」

 私は大きく息を吐いて足に力を入れる。

「うん。なかなかできない体験をさせてもらったね」

「お前ら、帰りはどうするんだよ。本当にここで夜を越すのか?」

 談笑を遮った宮脇さんの質問には、穂高が答える。

「一応、そのつもりです。ここの管理者さんに話はつけていますから」

「迎えが必要なら、適当な時間に来てやるぞ」

「でも」

 宮脇さんは軽く手を振って鬱陶しそうな顔をする。

「俺はお前らのことなんてどうでもいいんだけどよ、ほかの連中がうるせぇんだ。健二とか、意外と谷口さんもな。あの女医さんは、家に連れて来いって何度も言ってくるし……」

 みんなにあれこれ詰め寄られている宮脇さんを想像し、本人には申し訳ないがなんだか微笑ましく感じた。

 穂高も同じように思ったのか、笑みを浮かべたままだ。そしてゆるやかに返事をする。

「じゃぁ、すみません。お言葉に甘えて二時間後にお願いしてもいいですか?」

「わかった。じゃぁ、せいぜい地球を滅ぼす月でも観察しておけ」

 悪態をつきながら宮脇さんは運転席に乗り込み、来た道を戻っていく。

 きっと真面目に二時間後に来るんだろうな。それもみんなに押されてしょうがなく、と言いながら。

 私は思い切って今度は自然と私から穂高の手を取った。あまり意識しないようにさらっと。

「アルビレオ見えるかな?」

 誤魔化すように話題を振る。冷静さを装いつつ内心では動揺が広がっていた。彼は笑いながら空いている方の手を上げて、天上を指す。

「見るだけなら、ここからでも確認できるよ」

「え、嘘!?」

 私は驚いて穂高の隣に並び、視線を合わせてみる。彼はゆっくりと空をなぞるように指を滑らせた。

「アルビレオははくちょう座のくちばしの部分にあたるんだけれど、そのはくちょう座の一番の目印は一等星のデネブなんだ」

「デネブって……たしか夏の大三角形の?」

 小学校の理科で習ったのを思い出す。星座盤をもらって観察したっけ。

「そう。ほら、あそこ」

 彼が指す方を見れば、簡単に夏の大三角形を見つけられた。デネブ、ベガ、アルタイル。そこまで星に興味のない私でも、これらの星の名前は知っている。

 こんなふうに空を見上げるのはいつぶりだろう。地球を滅ぼす月が怖くて、目を背けたくて極力見ないようにしていた。

 でも、暗闇に輝く星は色も明るさも違う。空は、宇宙はこんなにも壮大で綺麗だ。

「デネブから三角の中側に位置する星に線を結んで、十字になるのがわかる?」

「なん、となく」

 目を凝らして必死に頭の中で線を繋いでみる。穂高の指先を必死に目で追った。つくづく星座を考えた人は本当に想像力豊かだと思う。

「あとは中で見ようか。そのために来たんだから」

 いつも通りの優しい声、穏やかな笑顔。胸がぎゅっと締めつけられる。意識しているのが私だけみたいで悔しい。

「行こう、ほのか」

 さらには繋いでいた手を力強く握り返され、あっさりと主導権は彼に移った。

 もう、ずるい。

 私は色々な意味でドキドキしながら穂高に続き、天文台の中へと足を進めた。