まだ母さんはここに入る勇気が持てないらしい。

 兄ちゃんが花穂と初デートに行ったのは、確か去年の夏休みだ。

 時期的にはお盆に入る前だった。

 本当ならこの水族館にも、兄ちゃんと花穂からは僕も一緒にと言ってくれてたけれど、僕は初めてその誘いを断ったんだ。

 去年の夏祭りに兄ちゃんと花穂と行って、失敗したと思ったから。

 それが、今年は兄ちゃんたちと夏祭りに行かなかった一番の理由だった。

 いくら失恋が決定して時間が経とうと、いくら兄ちゃんと花穂のことを応援することにしようと、さすがに初恋の女の子と兄ちゃんが恋人同士特有の甘ったるい瞳でお互いを見ているのを間近で見るのは、辛いものがあったんだ。

 夏祭りに一緒に行かなかったという僕の選択が今の状況を作り出しているのかもしれないと思うと、居たたまれない気持ちになる。


 兄ちゃんの勉強机には教科書類や学校の道具類しかないのは、合宿前に確認済みだ。

 ベッドの収納とクローゼットは服類や望遠鏡が主に占領している。

 となると、一番の手がかりは本棚ということになる。

 本棚の隅に置かれた壊れたスマホは、事故のあと、持ち主が居ない状態で戻って来たものだ。