そんな……。

 僕のことならまだいい。でも、ご両親や兄ちゃんのことまで忘れてしまっているだなんて、正直ショックだった。


 兄ちゃんと花穂ちゃんが付き合い始めたのは、ちょうど二人が高校生になったときからだ。

 それからは、ずっと僕は二人の幸せそうな笑顔をそばで見てきたし、きっと兄ちゃんも花穂ちゃんも幸せだったんだと思う。

 その記憶がひとつも残ってないだなんて、何だかやるせない気持ちになる。


 僕でもそうなのだから、きっと今目の前で苦しそうに笑う花穂ちゃんのお母さんは、もっと辛いだろう。

 赤ちゃんの頃から一生懸命育ててきた花穂ちゃんに、自分たちのことさえ思い出してもらえないのだから。


 花穂ちゃんも、みんなのことを忘れてしまったがゆえに、目が覚めたら周りはみんな知らない人ばかりに見えているのかな。

 そう思うと、さっきの花穂ちゃんの少し戸惑うような表情の理由がわかる気がした。


「もしかしたら将太くんと会ったら花穂も何か思い出すかなと思ってたけど、こんなことなら最初に説明しておくべきだったわね。ごめんなさいね……」

「いえ……」

 もしも、今、兄ちゃんが生きていたらどうだっただろう?