もしかしたらと思ったけど、花穂はきっとここで以前何かがあったことを感じ取っている。

 だけどしばらくここで二人で過ごしていたけど、それ以上は何も思い出せないようだった。


 残念に思う反面、思い出せそうかもという素振りを花穂が見せたとき、わずかではあるが恐怖心のようなものを感じた自分に驚く。

 僕自身も花穂に兄ちゃんのことや、みんなのことを思い出してほしいと願っているのに、いざとなるとその気持ちが揺らいだと言わんばかりに怖くなるなんて……。


 そう思ってしまうのは、自分が柏木涼太だと偽ってこうして隣にいる以上、花穂が全てを思い出したとき、きっと僕はもう花穂のそばにいられないのかもしれないと少なからず感じているからかもしれない。

 あのときはとっさに花穂についた嘘だったけど、あとからどう考えてもそういう未来しか見えなかった。

 だって、僕は記憶をなくした花穂に嘘をついて、騙し続けているのだから。


 恐らく花穂に軽蔑されるであろう未来に胸を痛めているからだとしても、花穂の記憶が戻ることに恐怖するだなんて、自分が酷く歪んだ人間のように思えた。

 兄ちゃんの存在しか覚えてない花穂にとって、兄ちゃんという存在がどれだけ必要かは見ててわかる。

 だから、本当のことを伝える方が酷だと思ってこの道を選んだんだ。