中庭、その単語を聞いた途端に、胸の中に甘酸っぱいような苦いようななんともいえない感情が広がっていく。


「うん、中庭だね。行こっか」

 何でもない風にこたえるけれど、内心とてもじゃないけど平常心ではいられなかった。


 第二教棟と第一教棟を繋ぐ通路から入ることができる中庭は、全ての校舎の廊下側の窓から眺められる。

 少し丘のようになった真ん中には桜の大きな木が一本立ち、そばにはちょっと洒落た木のベンチが置かれている。


 花穂に手を取られ、他の生徒たちが見たら明らかにバカップルに思われるだろうなと思いながら、その場に向かう。

 花穂も何か感じているのか、僕の手を握る力は強い。

 僕自身は決して足取りが軽かったわけじゃないけれど、中庭にはすぐについた。


 春にはピンク色の花でいっぱいになっていた桜の木は、今は青々とした緑に覆われている。

 建物と建物の間を走り抜ける暖かい風と桜の木による大きな木陰もあるからか、夏の暑さは少しだけマシに感じられる。

 青々とした桜の木に、満開の桜の木の残像が重なって、僕の胸の底から甘酸っぱくもあり苦々しい思い出が、一気に込み上げてきた。


 ***

「……え?」

 今、何て言った?

 聞こえなかったわけではない。信じたくなかったのだ。