花穂は、何を言うでもなく、ただ誰もいない広場の地面に視線を落としているようだった。

 その横顔はどこか寂しそうで、もしかして何かを思い出したんじゃないのかと感じた。


「花穂……?」

 だけど、僕に声をかけられた花穂は少し驚いたように肩を震わせると、僕の方を向いて困ったように眉を下げた。


「ごめんね、何となく事故現場って聞いたら何か思い出せると思ったのにね。胸が苦しくなるだけで、何も思い出せなかった……」

「そっか……」


 花穂が本当に何も思い出せていないことは、どんな事故だったの?と続けて聞いてきたことからも明らかだった。


 兄ちゃんのことまでは、さすがに話せなかった。

 事故の概要を聞いたあと僕の供えた花に向かって手を合わせる花穂を見ていると、何ともいえない罪悪感に襲われるのだった。

 そして、ここまで花穂にとって印象深いところを目にしても花穂の記憶がほとんど戻らないことに、僕自身ショックを受けた。

 だけど、何も思い出せなかったとしても、この場所に花穂が反応したということから、花穂の中で些細な変化があったのだと願いたい。

 小さな記憶のカケラを探していくことしか、僕たちにはできないのだから。