きっと、僕と話しているうちに思い出したのだろう。

 兄ちゃんにとっての弟……。それ、僕なんだけど……。

 と言うこともできず、花穂も不思議そうな瞳で僕を見つめている。


「あれ? 違ったっけ? 柏木くん、弟いたよね?」

「えと、あー、そうですね。元気にしてますよ」

「そうかそうか、それなら良かった。弟くんは──」


 そのとき、本当に偶然プルルルルルルル、と静寂な廊下に着信を告げる電子音が響く。

 先生は申し訳なさそうに顔の前で片手を立てると、廊下の隅の方へ移動して電話に出る。


「リョウちゃんって、弟いたの?」

 二つの瞳が、不思議そうにこちらを見る。

 そりゃあ、そうなるよな……。

 思い出してもらえない僕自身は、ここまで居ない者として花穂の前で扱ってきたから、今さら実は弟が居るだなんて不自然過ぎる。


「……ああ、まぁ」

 でも、さっき先生にああいう風にこたえた手前、居ないなんて嘘は使えない。


「そうなんだ! ってことは、もしかして私とも会ったことあるのかな……?」


 今まで隠してたみたいになってしまったことを咎められるんじゃないかとか、これから先どうごまかそうかとかそんなことを考えていたけれど、全然その必要はなさそうだ。