記憶がなくなってしまって、今の花穂は南町の廃墟のことすらピンとこないのだろう。

 まぁ僕が廃墟で腰を抜かしていたことは、兄ちゃんが花穂に上手いこと黙っててくれたから、どのみち花穂には知られてないのだが。


「梶原さんは大人しそうだし、あまり当時も廃墟に興味がなかったのかな?」

「……ええ、そうだと思います」


 花穂の真面目そうな雰囲気のおかげもあり、先生と花穂も上手いこと会話を繋いでくれた。


 良かった……。

 自分の正体を偽っているから下手に話すとボロが出そうで、先生には花穂が記憶喪失であることは話していない。

 花穂と兄ちゃんは小学六年生のときクラスが離れていたし、何とかそこはごまかせると踏んでいたから。


 僕と先生と歩きながら、あちこち校舎内を見回す花穂は、何か思い出せただろうか?

 僕のことはいいから、せめて兄ちゃんのことくらいは何か思い出してほしい。けれど、やっぱり花穂の表情はまるで初めて来た場所を興味深く見るもののようで、聞くことさえためらわれた。


 最初こそ廃墟の話を振ってきた先生は、さすがに五年も前のことばかり思い起こせるわけもなく、今の生徒について語っている。

 それを適当に聞き流していたところで、突然地雷を踏まれた。


「──そういやさ、弟くんは元気にしてる?」