背筋をなぞる冷たいすきま風の感触は、今でも鮮明に思い出せる。

 また、風がすり抜ける音が、まるで僕によからぬことを語りかけてきているように思えた。

 完全に腰を抜かして動けなくなってしまった僕は、これ以上にない絶望を感じた。

 心細くて、暗闇に包まれたその場に座り込むことしかできなくて、もう一生ここから出られないんじゃないかって思ったとき。

『将太!』

 どこからともなく、僕を呼ぶ声が聞こえたんだ。


 ……この声っ!

 もう立ち上がれないと思っていたけれど、何とか腰を上げて周囲を見回す。

 すると、一瞬にして僕は眩い光に照らされたのだ。


『将太! 良かった……!』


 家にあった懐中電灯を持って、僕を探しに来てくれたのは、兄ちゃんだった。

 どうやら、兄ちゃんの友達に僕が廃墟の中に入って行くところを見たという人がいたらしい。


 ひとつしか歳が違わないのに、どうして兄ちゃんはこんなに勇敢なのだろう。

 似ているのは見た目だけで、僕はどんなに頑張っても兄ちゃんに敵わないんだって思った。

 そう強く思うようになったのは、きっとこのときからだ。


 懐かしい日のことを思い返していると、教室内を見て回っていた花穂が僕たちのそばまで戻って来ていた。


「何の話?」

「ああ、僕らが小学生の頃、南町の廃墟に行くのが流行ってたって話」

「廃墟?」