「そうだなぁ、いつも幸せそうに笑ってたよ」

「デートとかもしたの?」

「うん、したよ。水族館とか、ちょっと遠出して海を見に行ったこともあったよ」


 さすがに詳しい内容までは、僕はついていったわけではないからわからないけれど。


「そっかぁ。思い出せないのが残念……」

「気になるの? 記憶がなくなる前のこと」

「……うーん、気にならないって言ったら嘘になるかな」


 でも、と花穂はそれまで自分の過去に興味津々と見えた表情をかげらせる。そして、両手で彼女自身の身体を抱きしめて身震いするようなしぐさをとった。


「思い出すのは怖い……」

「どうして?」

「何だろう。思い出したい、思い出さなきゃって思うんだけど、それ以上に私の中にそれを拒む私がいるの」


 怯えるような花穂の姿に、僕まで何とも言い難い苦しい気持ちになる。

 それもそうだろう。

 花穂は何も覚えていないとはいえ、実際には夏祭りの夜の事故を間近で見ている。

 花穂にとって大切な人だった兄ちゃんが、事故に巻き込まれるところを目の当たりにしたのかもしれない。

 たとえ今は何も思い出せないとはいえ、潜在的なところで、もしかしたら花穂は自分自身にとって辛い記憶を抱えていることを悟っているのかもしれない。