きっと、生前の兄ちゃんの姿や言葉が花穂を刺激したからなのだろう。

 花穂は、今度こそ兄ちゃんのことを思い出したんだ。


 だけど、それも束の間。

 すぐに花穂はこめかみを両手で押さえてその場にしゃがみこむ。

 それと同時に、ガタンと椅子がずれる音が響いた。


「梶原さん?」

 さすがにそれまで、話の成り行きを見ていた園田先輩も僕たちのそばに来る。


「花穂……、頭、痛むの?」

 その場にうずくまる花穂に、優しく声をかける。

 ここで失敗したら、せっかく兄ちゃんのことを思い出したというのに、また花穂の中から兄ちゃんのことが消えてしまうかもしれない。

 花穂は僕の声に反応するように、びくりと肩を震わせるだけ。


「……大丈夫だよ、花穂。花穂は一人じゃない」

 僕がそんな花穂の背にそっと手を添えたとき、僕の手は瞬時に顔を上げた彼女の手によって払われてしまった。


「……え」

 驚いて彼女を見るけれど、花穂も自分自身に驚いているようだった。


「花穂……」

「……ごめんなさい」 

 花穂は酷く混乱したように、首を横にふる。

 焦点の合っていない目からは、今も静かに涙が溢れている。