「……ん? どした?」

 そばにあったパイプ椅子の上に、僕は鞄をおろす。そのとき、花穂が僕のことをジッと見つめていることに気づいた。


「あ、ううん。本当に毎日来てくれるんだなって思って」

「当たり前じゃん」

「ふふっ。何だか本当に付き合ってたんだね、私たち」


 花穂が目覚めた日から、僕は兄ちゃんの姿で会いに来ている。

 最初こそちゃんと兄ちゃんになれているのか不安ではあったけれど、そう言ってはにかむ花穂の姿を見て安堵した。


「……そうだね」

「ねぇ、付き合ってたときの私たちってどんな感じだったの?」


 思いがけない言葉をもらって、思わずドキリとする。

 というのも、花穂はこの五日間、こうやって自分の忘れてしまった記憶に直接触れるような会話をしなかったからだ。

 それこそ、今日はいい天気だね、外は暑そうだね、とか。そんな他愛ない会話ばかりだった。


 だから、まさかこんなに自分から積極的に自分の過去に触れるようなことを言ってくるとは驚きだ。

 少し戸惑いながらも、僕はいわゆる幸せ絶頂期の兄ちゃんと花穂の姿を思い返す。