タイミングを間違えると、本当に花穂が壊れてしまいそうだから。

 こんなの、ただの逃げだってわかってたけど、僕にはそこまでの勇気をまだ出せなかったんだ。


 もしこれらが全て兄ちゃんが死んでしまったという事実を花穂が受け入れられないために起こっているのだとしたら──。

 いずれは花穂自身に現実を受け入れてもらって、前を向いてもらうしかないのだろう。


 今日は花穂の誕生日。

 花穂の家に着いてインターホンを押すと、ピンク色のフリルのついたエプロンをつけた花穂が僕を出迎えてくれた。

 花穂はお母さんと一緒にバースデーケーキを作るんだと言っていたから、きっとギリギリまでお母さんとバースデーケーキを作っていたのだろう。

 それを証明するかのように、花穂の頬には生クリームが乗っている。


 今年に関しては過去の記憶がないというのに、毎年恒例のように見る光景が目の前に広がっていることに驚きを覚える。

 実を言うと、花穂は毎年家でささやかな誕生日パーティーを開き、それには必ず兄ちゃんと僕を呼んでくれていた。

 さすがに大きくなってからは誕生日パーティーという言い方は気恥ずかしいからと、花穂は「ケーキを作るから食べに来て」という言い方をしていた。