いつの記憶かわからないけど、迫り来る黒い車や人々の悲鳴が頭の中を駆け巡り、意識が遠退きそうになる。

 だけど、そこで私は誰かの声によって引き留められた。


「……ないよ」

「……えっ?」

「花穂は、一人じゃないよ」


 弱々しいリョウちゃんの声に顔を上げると、少し悲しそうなリョウちゃんの瞳と目が合う。

 だけど、その瞬間リョウちゃんはすぐにその表情を消し去って、安堵したような表情をする。

 そして、また私に語りかけるように言うんだ。


「花穂は、一人じゃないよ」

「私は、一人じゃ、ない……?」

「そう。花穂には僕もいるし、おじさんやおばさんもいる。僕の両親だって、花穂のこと気にかけてるよ。天文学部のみんなも、学校の友達だっている」

「でも、私、みんなのこと何も覚えてないのに……」


 リョウちゃんや自分の両親は、少ないながらにも目が覚めてから夏休みの期間に築き上げてきた信頼や思い出がまだある。

 だけど、それしかないのだ。


「何も覚えてないことは、思い出がないことは、寂しいかもしれない。でもだからってみんな花穂のこと、嫌いになんてならないよ。また一から思い出を作っていったらいい」

「……そうだけど」

 リョウちゃんの言うことは間違ってないと思う。