花穂が目覚めてから五日が経つ。毎日兄ちゃんの姿で会いに行っているものの、花穂の記憶はあれ以上戻る気配はなかった。

 さすがに記憶をなくしているとはいえ、何とか花穂は自分の両親の存在を受け入れているようだった。


「花穂……」


 病院に向かう前、兄ちゃんの髪型にセットしたあと、鏡に向かって声に出して全身がむずがゆくなる。


 やっぱり馴れないな……。

 でも、こんな恥ずかしそうにしていてはダメだ。

 だって柏木涼太は、花穂の彼氏なんだから。


「花穂」


 バクバクと高鳴る心臓の音は聞こえないフリをした。

 花穂は、兄ちゃんのことでさえ、全てを覚えていたわけではない。

 思い出せているのは、柏木涼太という大切な存在がいたということと、その柏木涼太の見た目だけなんだと思う。


 だから僕が柏木涼太が花穂の彼氏だったことを告げたとき、「私、リョウちゃんと付き合ってたの!?」と花穂は頬を赤く染めた。

 そんな花穂の姿を見て、胸がチクリと痛んだ。

 花穂に嘘をついているという罪悪感だけじゃない。

 忘れていてもなお、花穂の中に残る兄ちゃんへの想いを感じてしまったからだ。

 一方で、僕のことについては微塵も思い出してもらえなかったのだから。