「そうだよ。僕は柏木涼太です」

 この選択が正しいのか間違っているのかはわからない。

 だけど、少しでも花穂ちゃんの記憶を取り戻すきっかけとなる存在になりたかった。


「僕は、きみの幼なじみで、彼氏だったんだよ」

 本当の意味で、花穂ちゃんの家族のことや兄ちゃんとのことを思い出してほしかった。

 花穂ちゃんが真実を知るのはそれからでも遅くないって、信じて疑わなかった。


 *


 花穂ちゃんのお母さんは、驚きはしたものの、僕が花穂ちゃんの前では柏木涼太になることを了承してくれた。


 そう、僕は柏木涼太。

 すでに思い出の存在となってしまった兄ちゃんの姿を思い起こす。


 双子でもないのに、同じ格好をすると区別がつかないというくらい、僕たちは似ていた。

 だから、僕はあえて髪型を変えて、似てないように見せていたくらいだ。

 違うのは、兄ちゃんは運動にしても勉強にしても出来が良くて、いわば僕は兄ちゃんの劣化版、みたいに僕自身思っていた。


 あ、そうだ。花穂ちゃんの呼び方も違う。

 兄ちゃんは、花穂ちゃんと付き合い初めてからは、花穂と呼び捨てで呼ぶようになったんだ。

 じゃあ、柏木涼太になるためには、僕も花穂ちゃんだなんて呼んでたらダメだよな。

 そう思って、僕は花穂ちゃんの呼び方を兄ちゃんと同じように花穂と呼ぶことにした。