海水浴場になっているところは、夏休みということもあり、夕方とはいえきっとにぎわっているだろう。

 そう考えた僕は、海水浴場にはなっていない海岸の方へ降りることにした。

 全く人がいないわけではないけれど、海辺で貝殻でも拾ってるのかなと思われる親子三人の家族が一組いるだけだ。


 僕の左手は花穂の右手にしっかり繋がれていて、はたから見れば本物のカップルのように見えるだろう。

 現に僕をリョウちゃんだと信じて、記憶を失う前から付き合っていた恋人だと、花穂も信じているわけだけれど。

 もし花穂に兄ちゃんのことで本当のことを打ち明けたら、僕がこんな風に花穂の隣に立つことはなくなるんだろうな……。

 そう思うと、何だか胸が切ない苦しみに襲われる。

 そもそも、そんなつもりで兄ちゃんのフリをしているわけじゃないのに、こう言うと途端に自分が邪な気持ちで花穂の隣に居るように感じられて辛い。


「リョウちゃん、少しだけ海の方に入ってみようよ!」

 僕の感情とはうってかわって、花穂の明るい声が耳に届いた。


「わ……っ!」

 僕が何かをこたえるより早く、興奮気味に花穂は僕と繋がれたままの手を引いて海辺に向かって駆け出す。

 何とか転けないように体勢を整えつつ、僕も一緒になって花穂と砂浜を走る。