律は片手で頭を乱暴に掻(か)いた。
本宮はそんな教え子の姿を見て、不謹慎だと思いつつもフッと一瞬笑う。

「律……おまえは詩のことになるといつも“たられば”発動だよな。あぁだったら、こうしていればって悩んでばっかり。
言っておくけど、詩はまだ生きているからな。おまえが詩を起こすんだろ?彼女のお母さんから聞いたぞ」
「たしかに言ったけど……」
「だったら、ちゃんと信じろよ。律が一番信じてないと駄目だろ。なぁ?」

本宮の手が律の頭に優しく触れる。
ほんのりと温かい体温が心地良い。
油断すればすぐにグラグラと揺らぐ心がスッと支えられるように感じた。
律は「分かったよ」と一度頷いて、受け取ったお守りを大事にポケットにしまった。

「律、帰りは自転車か?」
「いいや、今日はバスだけど」
「それなら、家まで送ってやるから」
「いいよ。まだバスあるし……」
「つれない事言うなって。せっかく会ったんだしもう少し付き合えよ」

本宮はそう言ってベンチから腰を上げる。
一度はその申し出を断っていた律だが、正直ホッとしていた。
彼と一緒にいれば、一人でいる時よりも沈んだ考えをせずに済むからだった。

「ありがとう……」

律は本宮の広い背中に向かって照れくさそうに礼を述べた。