「駄目……ですか?」

律は再度問う。
自分は本気だという眼差しをまっすぐ店主に向けて。

「兄ちゃんの腕の中にあるのは“命”だぞ?絶対に粗末にせんと誓えるか?」

店主の言葉にはすごく重たいものがあった。
粗末にするつもりなんて微塵(みじん)もない。
だからと言って“ただ、殺さなければいい”というのとは違うのだと彼は言っているのだ。

律には未来があった。
いくつも枝分かれした不安定な未来が。
この先、この子猫と人生を共にする未来もあるのかもしれない。
しかし、それが叶わない未来も可能性として否定できないことも知っている。

「兄ちゃんの優しい気持ちも、あの女の子への思いもワシはなんとなくだが分かっとるつもりだ。
兄ちゃんみたいなのに飼ってもらったらコイツも幸せじゃ。だから、よーく考えてまた来るとえぇ。」

店主は心穏やかに告げて律の頭を優しく撫でた。
律は納得して子猫を店主に返した。
詩が命を賭けて守った命が無事であったことだけでも喜ぶべきなのだと自分自身に言い聞かせて、律はそのタバコ屋を後にした。