「変なこと聞いてすみません。忘れてください……」
律は女性に謝罪して、その場を立ち去ろうとした。
しかし、女性は急に何かを思いたったように「あっ、あの茶色の子猫な!」と声を上げた。
幼なじみが助けた子猫が茶色いのかどうか律は知らない。
「なっ、何か知っているんですか?知っているなら教えてください」
律は眩しいほどの視線を向けて、女性に詰め寄った。
「昨日の事故の時、たしかに猫が一匹居たよ。傷だらけの女の子が救急車で運ばれた後もその場所でうずくまっててな……。また車に轢(ひ)かれでもしたらいけねぇからって、タバコ屋のオヤジが連れてったで、多分な」
「タバコ屋って、郵便局の裏手のやつですか?」
女性はそうだ言うように数回頷いてみせる。
それを聞いた律は「どうもありがとうございます!」と早口で告げて、タバコ屋の方へ向かって走り出した。
「今いるかは分かんねぇよ」
女性が告げる忠告も彼の耳には届いておらず、二人の距離はどんどん離れていって互いが見えなくなってしまったのだった。