律は汗だくになりながら、市立病院の正面玄関に自転車を置いて院内に入る。
自転車の施錠も忘れて頭に無い。
大抵の怪我や病気は村の診療所で治療してきた。
こんな大きな総合病院に来る機会は十八年の人生の中でも数えるほどしかなくて、詩のところにたどり着く為にはどうしていいのか律は分からない。
頭が混乱する。
右を見ても左を見ても人が居て、声がして、律はホールの真ん中で棒立ちしていた。
「りっちゃん……?」
そんな律に声をかけてきたのは、今朝方会ったばかりの詩の母だった。
彼女はA4サイズの封筒を脇に抱え、入院の手続きなどをしていたようだ。
「おばさん!詩は……?詩は無事なの?」
律は思わず詰め寄る。
彼の必死な眼差しから詩の母は目を逸らしてしまう。
「病室へ行きましょうか?」
詩の母はそう言って律の先を歩いた。
エレベーターの中でも病室へ続く廊下でも彼女が言葉を発することは無かった。
それが、律の不安をどんどん募らせていく。