「俺も今まで通りにするから、詩もそうして」

これで今まで通りの関係に戻れる。
自分さえ気持ちをコントロールできれば後は時間が解決してくれるはず。逃げの一手。
男として情けないことこの上ないけど、一度戻って絡まってしまった糸をほどいてからやり直す方法しか思いつかなかった。
律はそのまま挨拶もしないで幼なじみの横を通り過ぎようとする。

彼女の細い手先が遠慮気味に律の袖をつかむ。
律は特別振りほどいたりせず、そのまま歩き出す。
頼りない細い指先は、いとも簡単に離れていってしまった。
その後、詩がどんな顔をして自分の事を見ていたのか知らない。
しかし、律が一番好きな表情をしていないだろうことだけは確信できた。



“……行かないでよ”



詩は小さな口を数回動かした。
決して声に出せない彼女の奥深くにある想い。
すれ違った二つの感情を夏の生暖かい風がヒュッとさらっていってしまった。


いつかこの風をもう一度届けられる日が来たら……


そんな事を二人は違う道を進みながら思うのだ。