「い、いや……偶然通り過ぎただけだから」
「夏期講習は二階であったのに、わざわざ三階まで来たの?」

詩は腑に落ちないというふうに続けて質問した。
彼女の言うことはもっともだ。
三階には美術室や音楽室などの特別教室しかない。
用もないのに偶然通り過ぎたなんて不自然極まりないのだ。

「律は君を迎えに来たんだよ。そんな意地悪言わないで一緒に帰りなさい」

律の窮地(きゅうち)を救ったのは本宮だった。
本宮は詩の背中をポンと押して美術室から追い出した。

「じゃあ、二人とも気をつけて帰れよ」

明るく手を振る美術教師に見送られながら、律と詩は学校を後にした。
校外に出てしばらく、二人の間に会話らしい会話は見られない。

「詩、今日は自分一人で起きたんだってな?」

沈黙を破ったのは律の方だった。
その質問に詩は「う、うん……」と少し歯切れの悪い返事をする。

「いつまでも律に頼ってばかりもいられないでしょ」
「それってさ……もう俺が必要無いって事?」

極端な例えだと律自身も思った。