目を細めて、その顔が近づいてくる。その仕草に操られるように、私もゆっくりと目を閉じ
「蓮―! 美希ちゃん来て……おっと……」
持っていたドアノブが勢いよく引かれて、体勢が崩れた。振り向くと、目を丸くしたケンジさんが立っている。
「あらあ……」
「失礼しますっ!!」
その横を急いで走り抜ける。後ろを振り返ることなく、私は店を飛び出した。
いやいやいやいやいや! 何、今の?! 何しようとしたの、私?!
熱くなった頬を両手で押さえながら、道端でぜいぜいと息を吐く。心臓がありえない勢いでばくばくしていた。
信じられない。私、なんてことを……あと、三センチ。ケンジさんがくるのが、もう少し遅かったら、私……
「お疲れ様でした」
ふいに声をかけられて、ぎょっとして顔をあげる。
車にもたれて煙草を吸っていた松井さんが、落ち着いた様子で私を見ていた。
「首尾よく、届け物はできたようですね」
「松井さん?! は、早いですね。まだ、一時間たってませんよ?」
「時間通りに行動する秘書は二流です。あらかじめ先を予測して先回りができなければ、国会議員の第一秘書なんて務まりません」
「予測……?」
吸っていた煙草を簡易灰皿にもみ消すと、松井さんは車の後ろのドアを開けてくれた。
「例えば、あなたが一時間も経たずに美容室から赤い顔で飛び出してくるだろう、などですね。あなたが単純な方で助かりました。面白いほどに、予想通りです」
「はあ……」
言い返すだけの余裕も気力もなく、私はおとなしく車へと乗り込んだ。
☆
次の日、どうやら、上坂は朝のうちに家に帰ったみたいだった。朝、私が家を出る時に、これから帰る、とメールが来たけど、学校には来なかったようだ。昼になって携帯をチェックすると、『帰り、迎えにいく』と、短いメールが来ていた。
「あれ?」
放課後になってもう一度携帯を確認すると、画面は真っ暗なまま。どうやら、電池が切れてしまったらしい。そういえば、昨日はあの騒ぎで充電するのなんてすっかり忘れてた。
「なに、予定変わったの?」
昼の連絡を知っている冴子が、私の独り言を耳にとめた。
「たぶん変わってないと思うけど、電池切れてる」
「どうすんの?」
「時間はわかっているだろうから、とりあえず下まで行くよ」
「ふーん。ならそのニヤケタ顔、昇降口までにどうにかしなよ」
「なんで私がそんな顔」
「ゆるみまくってるよ。ごちそうさま」
「……」
そんなつもりはないんだけど。
これから上坂に会える、ってだけでこんなに浮かれるなんて、ちょっと認めたくない。
昨日のことを思い出すと、また頬が熱くなる。気を静めるために、私は一度大きく息を吐きだした。
そろそろ、私も自分の気持ちに向き合わなければいけないのかな。上坂に偉そうなこと言っておいて、私だって、ずっとごまかし続けてきたことがある。
上坂は知らない。私の、本当。
「初々しいこと」
からかうように冴子に指摘されても、その自覚はあるので反論ができない。私が黙ってカバンを手にした時だった。
「ちょっと、いいかしら」
背後からかかった冷たい声。誰だかなんてすぐにわかる。私はゆっくりと振り向いた。
「いい気になるんじゃないわよ」
案の定、そこにいたのは青石さんだった。
あれ?
その顔を見て怪訝に思う。今日、彼女と話すのは初めてだけから、気付かなかった。いつもあれほど身だしなみに気をつかっている彼女の目が、赤く腫れぼったい。
まるで……一晩泣き明かしたような。
「これ以上蓮にまとわりつかないで。あんたのことなんて、本当は蓮は好きでもなんでもないんだから」
まるであたりを気にしない青石さんの声に、教室に残っていた生徒も何事かと視線を向けてきた。
「人から聞いた上坂の気持ちをうのみにするほど、私はばかじゃないつもりだけど」
私が淡々と答えると、青石さんは勝ち誇ったように笑った。
「すっかり彼女気取りね。かわいそう。自分がからかわれていることも知らないで」
「……どういうこと?」
ただならぬ雰囲気に、私はまっすぐに青石さんに向かいあって次の言葉を待った。
「蓮―! 美希ちゃん来て……おっと……」
持っていたドアノブが勢いよく引かれて、体勢が崩れた。振り向くと、目を丸くしたケンジさんが立っている。
「あらあ……」
「失礼しますっ!!」
その横を急いで走り抜ける。後ろを振り返ることなく、私は店を飛び出した。
いやいやいやいやいや! 何、今の?! 何しようとしたの、私?!
熱くなった頬を両手で押さえながら、道端でぜいぜいと息を吐く。心臓がありえない勢いでばくばくしていた。
信じられない。私、なんてことを……あと、三センチ。ケンジさんがくるのが、もう少し遅かったら、私……
「お疲れ様でした」
ふいに声をかけられて、ぎょっとして顔をあげる。
車にもたれて煙草を吸っていた松井さんが、落ち着いた様子で私を見ていた。
「首尾よく、届け物はできたようですね」
「松井さん?! は、早いですね。まだ、一時間たってませんよ?」
「時間通りに行動する秘書は二流です。あらかじめ先を予測して先回りができなければ、国会議員の第一秘書なんて務まりません」
「予測……?」
吸っていた煙草を簡易灰皿にもみ消すと、松井さんは車の後ろのドアを開けてくれた。
「例えば、あなたが一時間も経たずに美容室から赤い顔で飛び出してくるだろう、などですね。あなたが単純な方で助かりました。面白いほどに、予想通りです」
「はあ……」
言い返すだけの余裕も気力もなく、私はおとなしく車へと乗り込んだ。
☆
次の日、どうやら、上坂は朝のうちに家に帰ったみたいだった。朝、私が家を出る時に、これから帰る、とメールが来たけど、学校には来なかったようだ。昼になって携帯をチェックすると、『帰り、迎えにいく』と、短いメールが来ていた。
「あれ?」
放課後になってもう一度携帯を確認すると、画面は真っ暗なまま。どうやら、電池が切れてしまったらしい。そういえば、昨日はあの騒ぎで充電するのなんてすっかり忘れてた。
「なに、予定変わったの?」
昼の連絡を知っている冴子が、私の独り言を耳にとめた。
「たぶん変わってないと思うけど、電池切れてる」
「どうすんの?」
「時間はわかっているだろうから、とりあえず下まで行くよ」
「ふーん。ならそのニヤケタ顔、昇降口までにどうにかしなよ」
「なんで私がそんな顔」
「ゆるみまくってるよ。ごちそうさま」
「……」
そんなつもりはないんだけど。
これから上坂に会える、ってだけでこんなに浮かれるなんて、ちょっと認めたくない。
昨日のことを思い出すと、また頬が熱くなる。気を静めるために、私は一度大きく息を吐きだした。
そろそろ、私も自分の気持ちに向き合わなければいけないのかな。上坂に偉そうなこと言っておいて、私だって、ずっとごまかし続けてきたことがある。
上坂は知らない。私の、本当。
「初々しいこと」
からかうように冴子に指摘されても、その自覚はあるので反論ができない。私が黙ってカバンを手にした時だった。
「ちょっと、いいかしら」
背後からかかった冷たい声。誰だかなんてすぐにわかる。私はゆっくりと振り向いた。
「いい気になるんじゃないわよ」
案の定、そこにいたのは青石さんだった。
あれ?
その顔を見て怪訝に思う。今日、彼女と話すのは初めてだけから、気付かなかった。いつもあれほど身だしなみに気をつかっている彼女の目が、赤く腫れぼったい。
まるで……一晩泣き明かしたような。
「これ以上蓮にまとわりつかないで。あんたのことなんて、本当は蓮は好きでもなんでもないんだから」
まるであたりを気にしない青石さんの声に、教室に残っていた生徒も何事かと視線を向けてきた。
「人から聞いた上坂の気持ちをうのみにするほど、私はばかじゃないつもりだけど」
私が淡々と答えると、青石さんは勝ち誇ったように笑った。
「すっかり彼女気取りね。かわいそう。自分がからかわれていることも知らないで」
「……どういうこと?」
ただならぬ雰囲気に、私はまっすぐに青石さんに向かいあって次の言葉を待った。