「ん」

 週明けの月曜日。いつもと同じように屋上でお弁当を渡したら、上坂がかわりに、ずい、と紙袋を差し出してきた。

「あげる」

 なぜか上坂は、少し赤い顔をしてそっぽを向いている。

 不思議に思いながら受け取ってその中をのぞきこむと、なにかかたまりが入っていた。取り出してみると、それはラップでくるんだ二つのおにぎりだった。


「どしたの、これ」

「美希がやってみれば、っていうから、作ってみた」

「は?」

 言われて改めてそのおにぎりへと視線を落とす。

 きちんとのりで巻いたそれは、きれいな三角形をしていた。

 まさか……

「上坂が作ったの? これ」

「まあ……」

「食べて、いいの?」

「うん」

「いただきます」

 私は、巻いてあるラップをとって、一口かじってみる。ちらちらと、上坂が私を見ていた。


「ど?」

「……上坂」

 もごもごと口にご飯を入れたまま、お行儀悪く私は呟く。

「握る時に、力入れすぎ」 

 持った時に、大きさのわりに重いのが気になったよね。どれだけ力一杯握ったのよ。

「え? だっておにぎりって、握るんでしょ?」

「そうだけど……もっとふわりと仕上げないと……ご飯がつぶれちゃってるじゃない」

「えー……そっかあ……」

 がくりと肩を落としてしまった上坂に、私はさらに続ける。

「でも、形はすごく綺麗だわ。塩加減もばっちり。味は悪くないわよ、これ」

「ホント?」

 とたんに、ぱっと上坂は笑顔になった。

「ホント。美味しい」

「っしゃ! やったね!」

 両手をにぎって、上坂は全身で喜びを表す。


 器用そうだなと思った手は、やっぱり器用だったらしい。握力はともかく、そのおにぎりはきれいな三角形をしていた。はじめのうちは、なかなかこんな風には綺麗な三角形にはならないんだけど。

 もう一口かじりながら、お弁当を開け始めた上坂に言った。


「自分で、作ってみたんだ」

「うん、俺、料理なんてやったの初めて。あ、今日はミートボールだ。やったね」

 おにぎりを料理と言っていいのかは微妙なとこだけど、初めてならそんなものかしらね。

「怒られなかった?」

 上坂の家は、男子厨房に入らず、の厳しい家だって言ってたから、下手に台所になんか上坂がいたら怒られるんじゃないだろうか。

「親父はいなかったし、母さんは驚いた顔してたけど何も言わなかったな。花村さんに、塩とかのりとか教えてもらった」

「花村さん?」

「家政婦さん。俺が生まれた時からうちにいるばあちゃんだよ」

「そうなんだ」

 初めてにしては塩加減が絶妙だと思ったら、家政婦さんに教えてもらったのか。どうりで美味しいと思った。あ、中身、こんぶだ。

「俺にもさ、できるんだ」

 ぽつり、と私のお弁当を見ながら上坂が呟いた。


「ん?」

「俺、今まで料理なんて、女がやるものだって思ってた。最近は男もそういうのやるらしいってのはもちろん知ってるけど、結局、それを知ってても、俺の中で料理ってのは他人事だったんだ。……やってみれば、普通にできるもんなんだな」

「……美味しいよ。このおにぎり」

 もう一度言ったら、顔をあげた上坂が、にこりと笑った。

「作ってる間さ、美希がこれ食べたら、なんて言うかなって思って、妙にドキドキした」

「え?」


「一番初めにここで昼食べた時、俺が卵焼き美味いって言ったら、美希がすごくいい顔したんだよね。だから、美希が俺の作ったおにぎり食べてくれて、そんで美味しいって言ってくれたら、俺もそんな顔になるのかなって」

 ど、どんな顔してたの。私。

 上坂は、いただきまーすと手を合わせると、早速お弁当を食べ始めた。