☆
電車に揺られてついた先は、渋谷にある美容院だった。落ち着いた趣の外観は、あたりの雰囲気から一歩引いた感じ。ここって、私たちの世代じゃなくて、もう少し上のお姉さま向けの美容院じゃないのかな。
上坂がガラスのドアを開けて中へ入ると、控えめにいらっしゃいませの声がかかった。美容院独特の匂い。店内には小さくジャズがかかっている。
受付にいた細身の男性が、私たちに気づいてカウンターの向こうから出てきた。やけにくねくねとしたその人は、上坂に向けて満面の笑顔を向ける。
「あら、蓮じゃないの」
「こんにちは、ケンジさん」
「珍しい時間に来るのね。どうしたの?」
「今日はケンジさん、ここにいるって言ってたから。この子、どうです?」
ずい、と上坂は私の背を押した。
「え?! ちょっと、上坂……?!」
「まあ、上坂の彼女?」
「そう。綺麗な子でしょ」
ケンジさん、と呼ばれた男性は、まじまじと私の顔を覗き込んだ。真剣に見つめてくる視線に気圧されて、ひきつりながらもなんとか笑顔をつくる。
「こんにちは……」
「はい、こんにちわ。ちょっと失礼するわよ」
そう言って私を頭の先から足の先まで見下ろしたケンジさんは、最後に私の髪を一すくい取ってまじまじと見つめた。
「艶のあるキューティクル……しっかりとしたコシ、弾力……見事ね。これなら、ゴムでしばっても跡つかないでしょ。高校生?」
「俺と同じ、高校三年生」
「ふーん」
そう言ってその男性は、手を離して今度は私の顔を覗き込む。間近にあるその瞳がぎらぎらと輝いていて、思わず一歩下がりかけた。
「ふふふふふふふ、いいの? アタシ好みのアレンジで」
「もう、思う存分。ケンジさんの心のままに」
「わかったわ。期待してね! さああなた、お名前は?」
「梶原、美希です」
「美希ちゃんね。こっちへいらっしゃい」
「あの、どういう……」
「だいじょーぶよー。怖くないからね、アタシにすべてを任せて」
上坂へと視線を向けると、やつはへらへらと笑いながら私に手を振る。
「ちょっと、上坂!」
「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ。俺も後で行くから」
よくわからないまま、私は美容院の二階へと連れ込まれてしまった。
☆
連れて行かれたのは、鏡と椅子、それとシャンプー台が据え付けられている個室だった。
こういうタイプの美容院て、初めて見た。二階の廊下には同じようなドアが他にもあったけど、あれも個室なのかな。
「蓮とは長いの?」
「え?」
私を椅子に座らせてばさりとカットクロスをかけたケンジさんは、機嫌よく話しかけてくる。
「彼女なんでしょ?」
「一応」
「一応?」
見ているとケンジさんは、ちゃっちゃと私の髪をといて器用にまとめていく。
「来月にはフラれる予定ですから」
「は?」
ケンジさんは目を丸くしたけれど、その手は止まらない。
「どうして?」
「そういう約束なんです」
「あなた、蓮の彼女よね。どういうつきあいなの?」
「そもそも、つき合っていること自体が疑問ですね。上坂に対しては、彼女の定義を半日かけて問い詰めたい気分です」
どうにも、やつにはいいように振り回されている感が抜けない。
ぷ、とケンジさんが吹いた。
「美希ちゃんて、面白いわ」
「そうですか? むしろ、つまらないって言われることの方が多いですけど」
「真面目なのね」
「そっちの方がよく言われます」
さっき、上坂にも言われたし。
私の声が不機嫌に聞こえたのか、ケンジさんがあわてて言葉を繋げた。
「あら、ごめんなさいね。悪い意味じゃないのよ。真面目、結構じゃない」
電車に揺られてついた先は、渋谷にある美容院だった。落ち着いた趣の外観は、あたりの雰囲気から一歩引いた感じ。ここって、私たちの世代じゃなくて、もう少し上のお姉さま向けの美容院じゃないのかな。
上坂がガラスのドアを開けて中へ入ると、控えめにいらっしゃいませの声がかかった。美容院独特の匂い。店内には小さくジャズがかかっている。
受付にいた細身の男性が、私たちに気づいてカウンターの向こうから出てきた。やけにくねくねとしたその人は、上坂に向けて満面の笑顔を向ける。
「あら、蓮じゃないの」
「こんにちは、ケンジさん」
「珍しい時間に来るのね。どうしたの?」
「今日はケンジさん、ここにいるって言ってたから。この子、どうです?」
ずい、と上坂は私の背を押した。
「え?! ちょっと、上坂……?!」
「まあ、上坂の彼女?」
「そう。綺麗な子でしょ」
ケンジさん、と呼ばれた男性は、まじまじと私の顔を覗き込んだ。真剣に見つめてくる視線に気圧されて、ひきつりながらもなんとか笑顔をつくる。
「こんにちは……」
「はい、こんにちわ。ちょっと失礼するわよ」
そう言って私を頭の先から足の先まで見下ろしたケンジさんは、最後に私の髪を一すくい取ってまじまじと見つめた。
「艶のあるキューティクル……しっかりとしたコシ、弾力……見事ね。これなら、ゴムでしばっても跡つかないでしょ。高校生?」
「俺と同じ、高校三年生」
「ふーん」
そう言ってその男性は、手を離して今度は私の顔を覗き込む。間近にあるその瞳がぎらぎらと輝いていて、思わず一歩下がりかけた。
「ふふふふふふふ、いいの? アタシ好みのアレンジで」
「もう、思う存分。ケンジさんの心のままに」
「わかったわ。期待してね! さああなた、お名前は?」
「梶原、美希です」
「美希ちゃんね。こっちへいらっしゃい」
「あの、どういう……」
「だいじょーぶよー。怖くないからね、アタシにすべてを任せて」
上坂へと視線を向けると、やつはへらへらと笑いながら私に手を振る。
「ちょっと、上坂!」
「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ。俺も後で行くから」
よくわからないまま、私は美容院の二階へと連れ込まれてしまった。
☆
連れて行かれたのは、鏡と椅子、それとシャンプー台が据え付けられている個室だった。
こういうタイプの美容院て、初めて見た。二階の廊下には同じようなドアが他にもあったけど、あれも個室なのかな。
「蓮とは長いの?」
「え?」
私を椅子に座らせてばさりとカットクロスをかけたケンジさんは、機嫌よく話しかけてくる。
「彼女なんでしょ?」
「一応」
「一応?」
見ているとケンジさんは、ちゃっちゃと私の髪をといて器用にまとめていく。
「来月にはフラれる予定ですから」
「は?」
ケンジさんは目を丸くしたけれど、その手は止まらない。
「どうして?」
「そういう約束なんです」
「あなた、蓮の彼女よね。どういうつきあいなの?」
「そもそも、つき合っていること自体が疑問ですね。上坂に対しては、彼女の定義を半日かけて問い詰めたい気分です」
どうにも、やつにはいいように振り回されている感が抜けない。
ぷ、とケンジさんが吹いた。
「美希ちゃんて、面白いわ」
「そうですか? むしろ、つまらないって言われることの方が多いですけど」
「真面目なのね」
「そっちの方がよく言われます」
さっき、上坂にも言われたし。
私の声が不機嫌に聞こえたのか、ケンジさんがあわてて言葉を繋げた。
「あら、ごめんなさいね。悪い意味じゃないのよ。真面目、結構じゃない」