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 電車に揺られてついた先は、渋谷にある美容院だった。落ち着いた趣の外観は、あたりの雰囲気から一歩引いた感じ。ここって、私たちの世代じゃなくて、もう少し上のお姉さま向けの美容院じゃないのかな。

 上坂がガラスのドアを開けて中へ入ると、控えめにいらっしゃいませの声がかかった。美容院独特の匂い。店内には小さくジャズがかかっている。

 受付にいた細身の男性が、私たちに気づいてカウンターの向こうから出てきた。やけにくねくねとしたその人は、上坂に向けて満面の笑顔を向ける。




「あら、蓮じゃないの」

「こんにちは、ケンジさん」

「珍しい時間に来るのね。どうしたの?」

「今日はケンジさん、ここにいるって言ってたから。この子、どうです?」

 ずい、と上坂は私の背を押した。

「え?! ちょっと、上坂……?!」

「まあ、上坂の彼女?」

「そう。綺麗な子でしょ」

 ケンジさん、と呼ばれた男性は、まじまじと私の顔を覗き込んだ。真剣に見つめてくる視線に気圧されて、ひきつりながらもなんとか笑顔をつくる。




「こんにちは……」

「はい、こんにちわ。ちょっと失礼するわよ」

 そう言って私を頭の先から足の先まで見下ろしたケンジさんは、最後に私の髪を一すくい取ってまじまじと見つめた。

「艶のあるキューティクル……しっかりとしたコシ、弾力……見事ね。これなら、ゴムでしばっても跡つかないでしょ。高校生?」

「俺と同じ、高校三年生」

「ふーん」

 そう言ってその男性は、手を離して今度は私の顔を覗き込む。間近にあるその瞳がぎらぎらと輝いていて、思わず一歩下がりかけた。




「ふふふふふふふ、いいの? アタシ好みのアレンジで」

「もう、思う存分。ケンジさんの心のままに」

「わかったわ。期待してね! さああなた、お名前は?」

「梶原、美希です」

「美希ちゃんね。こっちへいらっしゃい」

「あの、どういう……」

「だいじょーぶよー。怖くないからね、アタシにすべてを任せて」

 上坂へと視線を向けると、やつはへらへらと笑いながら私に手を振る。

「ちょっと、上坂!」

「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ。俺も後で行くから」

 よくわからないまま、私は美容院の二階へと連れ込まれてしまった。




  ☆




 連れて行かれたのは、鏡と椅子、それとシャンプー台が据え付けられている個室だった。

 こういうタイプの美容院て、初めて見た。二階の廊下には同じようなドアが他にもあったけど、あれも個室なのかな。




「蓮とは長いの?」

「え?」

 私を椅子に座らせてばさりとカットクロスをかけたケンジさんは、機嫌よく話しかけてくる。

「彼女なんでしょ?」

「一応」

「一応?」

 見ているとケンジさんは、ちゃっちゃと私の髪をといて器用にまとめていく。

「来月にはフラれる予定ですから」

「は?」

 ケンジさんは目を丸くしたけれど、その手は止まらない。




「どうして?」

「そういう約束なんです」

「あなた、蓮の彼女よね。どういうつきあいなの?」

「そもそも、つき合っていること自体が疑問ですね。上坂に対しては、彼女の定義を半日かけて問い詰めたい気分です」

 どうにも、やつにはいいように振り回されている感が抜けない。

 ぷ、とケンジさんが吹いた。

「美希ちゃんて、面白いわ」

「そうですか? むしろ、つまらないって言われることの方が多いですけど」

「真面目なのね」

「そっちの方がよく言われます」

 さっき、上坂にも言われたし。

 私の声が不機嫌に聞こえたのか、ケンジさんがあわてて言葉を繋げた。

「あら、ごめんなさいね。悪い意味じゃないのよ。真面目、結構じゃない」