「正確には死んだのはそれよりもずっと後だけどな。11月13日、気がついたらこうなってた」
11月13日……それは私がこの体になる1日前だ。
「49日って知ってるか?その間にあの世に行くんだよ」
まるで他人事のように倉田は言う。対する私達はあの世という言葉を聞いただけで動けなくなってしまった。
「なんで……?ここは、どこなの?」
声が震える。
「ここはお前らが作り出した世界だ。お前ら2人とも自分のせいで俺が怪我したって思い込んで、現実の世界じゃ意識不明なんだよ。なんか精神入れ替わるっていうややこしいことにもなりやがって……こんなんじゃすんなり天国に行けねぇだろうが」
困ったように笑って倉田は言う。
「ほんとは俺が事情を説明すればよかったんだけどな……俺自身がもうちょっとこの世界を楽しみたくて言わなかった。現実世界でお前らを心配してる人たちには悪いことしたな」
**康樹 side**
俺はそのとき、事故のことを考えていた。
クッキーが飛び出し、自分も後を追ってすぐ女の人と男の人が現れた。そして、気がついたら男の人が血まみれで倒れていたんだ。
まず最初に思ったことは……俺のせいじゃない、だった。
自分が感じていた罪悪感の正体はこれだったんだ。
情けない。新しい場所ではそういう自分から生まれ変わろうと思っていたのに、ちっとも自分は変わっていなかった。
そう思ったときだ。俺は何かに後ろ襟首を掴まれる感覚を覚えて、気がつくと体が宙に浮くように感じていた。
・
**倉田 side**
俺は2人の変化をその瞳でしっかりと見ていた。
とうとうこのときが来たんだな。そう思うと少しだけ寂しさを感じるような気もしてきた。
吉井と康樹の驚く表情が見て取れる。
もう2人は元の世界に戻ろうとしている。真実を知って、あるべき場所に戻らなくちゃいけないから。
ここは2人にとって自分を守るための世界だった。
だけど、いつまでもここにいるわけにはいかない。
自分が逝く前に2人をちゃんとあるべき場所に帰すこと。それが俺の役割だと思った。
ったく、世話がやけるんだよ。吉井も悠真も、俺がいなきゃ話すこともできなかったくせに……。誰のおかげでここまで来れたと思ってんだよ。
ほんとに……ほんとに……
もう面倒はみきれねぇ。後は自分らでやっとけよ。
「倉田!」
必死にこっちに手を伸ばそうとしてくる吉井を見る。
違うだろ。この手を伸ばすのは俺じゃねぇ。お前のことは悠真が幸せにしてくれる。あいつはそういうやつだ。守ると決めたら絶対守ってくれる。
1つだけ欲を言えば――――
「倉田!!!」
「はっ?」
そのとき、吉井が強引に腕を掴まれた。それと同時に俺も何かに引っ張られてしまった。
――――その手を俺が守りたかった。
・
暖かい……って思ってたのに、隙間風だろうか顔が寒くなってきた。
「……」
目を開けると、白い天井が広がっていた。まぶしくない電灯があるが、今そこを照らす明かりがそれではないことに気づく。
なんとなくそこがどこなのか、私はわかっていた。
ゆっくりと上半身を起こしてみる。自分の体だが、少しだけ重いような気がする。
病室の中には誰もいなかった。ベッドの近くにはイスがあるだけだ。
私は点滴につながれていないことを確認してから病室を出た。
自分の体を確認しながら廊下を歩く。大丈夫。うん。今何時なんだろう……全然人がいない。
私はとりとめのないことを考えながら、別のことを考えないようにしていた。
気がついたらなんだかよくわからない廊下まで来ていた私は、誰かの足音に気づいて振り返った。
廊下の向こう側、そこに誰かが立っていた。
その人物は走ってこっちまでやって来て、2メートル先で立ち止まる。それ以上近づいていいのかわからないというようにも見えた。
「悠真……」
その瞬間、私は悠真によって抱きしめられていた。
「橙子……橙子…………」
何度も何度も悠真はその名を呼ぶ。私は体が震えている彼の背中に手をまわした。
「悠真ぁ……」
泣きじゃくった。子供のように泣いた。お互いの名前を何度も呼んで、意味もなく謝った。
少しして落ち着いてきたころ、私は消え入るような声で呟いた。
「倉田は…………?」
その言葉に、悠真は私の体を離した。すごく言いにくそうにしているのがわかる。
それだけでわかった。
「――私……私が倉田を巻き込んじゃった」
「違う。倉田は自分から橙子たちを守ったんだ。あいつはそういうやつだから」
そういうやつ。うん、そうだよね。死んでも他人の心配して……あいつほんとにバカだよ。ほんとに……
ほんとに涙が止まらないよ……――
*****
その後、簡単な検査や警察の取調べを終えて、私はすぐに退院することができた。
その際に康樹君にも再会することができたけど、お互いに何も話さなかった。だって2人が関わることは本来なかったのだから。
悠真はずっと傍にいれくれた。悠真なら守ってくれると言った倉田の言葉を思い出す。
結局、これはただの事故として片付けられた。私達がなかなか目を覚まさなかったのも事件のショックということになっていた。
月日が流れると共に、このことは忘れ去られていった。
だけど、私だけはこのことを忘れないと誓った。今こうして自分が生きているのは他ならぬ倉田のおかげだ。彼の分も精一杯生きたい。
だから忘れない。絶対。
――2年後。私と悠真は結婚した。
その夜、2人は新しい家には戻らず、式場の近くのホテルに泊まった。
「悠真、今日から改めてよろしくお願いします」
「いえいえ。こちらこそよろしく願いします」
丁寧に頭を下げて笑い合った。
大勢の人に祝福された、人生で最も幸せな1日だった。だけど、ここに本来来るはずだった人物が来られなかったのは寂しい。
私の考えていることがわかったのだろう。悠真がレストランに行こうと言い出し、私は頷いた。
1階のレストランは混んでいて、30分並んでようやくテーブルに座ることができた。
ウェイトレスはまだ来ない。
「…………」
代わりに、隣に座る女の子と目が合った。彼女は交互に私と悠真を見る。
「結婚おめでとう。さっき見えた」
彼女は気さくに話しかけてきた。私と悠真は顔を見合わせてからありがとうと言った。
だけど、女の子の次の言葉は、
「ほんとだよ。世話がやけるよ……」
ん?耳を疑って再度女の子を見ると、彼女ははにかんだように笑って走り去ってしまった。
入れ違いにウェイトレスが来る。
「ご注文をお伺いいたします」
「まさか……」
「はい?」
「まさかねぇ…………」
END
結婚式前日、婚約者の自宅のキッチンで料理をしていたはずの吉井橙子は婚約者の友人・倉田に起こされ目を覚ます。目覚めた橙子は何故か中学生の男の子・湯澤康樹と体が入れ替わっていた。なぜ入れ替わってしまったのか、自分に何が起きたのか記憶にない橙子は康樹の自宅で中学生として生活を送ることに。
少しずつ思いだすあの日に起きた出来事。自分達は死んでしまっているのではと思い始めた橙子と康樹が探っていくうちに徐々に真実が明らかになっていく。
結婚式前日のあの日、事故で亡くなったのは倉田だった。その場所に居合わせた橙子と康樹は、倉田が亡くなったのは自分のせいだと思い込んでしまい、体が入れ替わってしまった今の世界は2人にとって自分を守るために作り上げた世界だった。現実世界で目を覚ました橙子は、婚約者から倉田が亡くなったことを聞かされた。