「橙子さん」


急に名前を呼ばれて、私ははっとして顔を上げる。


「あのとき俺、橙子さんに何か失礼なことしましたか?」

「……?」


言っている意味がわからない。

しかし、私が考えている最中に康樹君はなんでもないと強引に話を終わらせてしまった。


ここで事故はなかったのかもしれない。この赤い跡ももっと前のもので、私たちとはなんの関係もないのかもしれない。


そう思い始めたとき、視界の隅に1人の女の人が歩いてくるのが見えた。特に気にすることはなかったが、彼女が花束を持っていることに気づいて少しだけ気になってしまった。


その女性は道路の隅に花を置いて、しばらく合掌していた。肩が小刻みに揺れている。あの血の跡の近くだ。



しばらくして彼女が立ち去った後、私と康樹君はその花束の近くまで行ってみた。


言葉に出すことはできなかった。

――ここで誰かが死んだんだ……