あれ、ここはどこ……?
私確か……すごく大切なことがあったような気がするんだけど……。
なんだっけ……思い出せない。
っていうか、体だるっ!なんなの、まるで……自分の体じゃないみたい…………
「おーい……そろそろ起きろ」
「ん…………」
誰かの声に気がついて目を覚ますと、そこには知らない天井が広がっていた。しばらく呆けていると、ぬっと声の主が顔を出してきた。
「あ、ほんとに起きた。大丈夫か?」
茶髪でいかにも現代風な男。
あれ……、この人をどこかで見たことがあるような気がする…………
「まずは自分の名前と生年月日と年齢を言ってみろ」
「え……、吉井 橙子…………6月10日生まれ。25歳」
「よし」
何がよしなのかはわからなかったが、そう言われたことによって私自身の頭もはっきりとしてきた。
「何か大事なことを忘れてないか?」
「大事なこと……うん、そう、それをさっきから思い出そうとしてるんだけど……」
「10月15日」
男の言葉でようやく私は全てを思い出した。
「そうだ!私明日結婚式なんだ!やだー、もうなんでこんな大事なこと忘れたんだろー……って、今日14日よね?」
確認するように訊ねると男は少しだけ困ったような顔をした。
もう私はその人物の正体を知っている。婚約者の親友、倉田雄斗だ。
「倉田……?どうしたの?」
「あのな、よく聞け。お前は今……男だ」
一瞬何を言われているのかわからなかった。
何言ってるんだろ、倉田のヤツ。もしかして自分のことが好きで気を引いているのかもしれないと思い始めたとき、倉田は私の目の前にどんっと大きな鏡を出してきた。
「これが証拠だ」
鏡には、中学生くらいの男の子が映っていた。
私はしばらく少年と目を合わせながら、ゆっくりと右手を上げてみた。すると鏡の中の少年も同じように手を上げている。
それからすばやく動いてみたが、やっぱり鏡の少年も同じ行動をした。
「はぁっ!?どういうこと!?」
「見たままだろ。お前は男に性別チェンジした。以上」
「以上じゃないよ!ちゃんと説明してよ!倉田!」
信じられなくて、目の前の倉田に向かって怒鳴りつける。
「俺だってよくわかんねぇよ。ただ1ヶ月前、悠真から連絡があってお前が行方不明になったことを知ったんだ。で、なんでかお前が中学生くらいの男になった変な夢ばっかみたから、おかしいと思って夢で見たこの場所まで来たらお前が寝てたんだよ。俺の見た夢と同じカッコでな」
私は頭が真っ白になっていくのを感じた。
「あー……俺今まで言わなかったけど、なんつーか正夢体質っちゅーか、ちょっと変わった夢を見るんだよ。まぁ気にするな」
倉田の言葉なんて入ってこなかった。
なんで?なんで?ありえない…………!!
「―――1ヶ月前って……今何月なの?」
「11月14日。吉井がいなくなってからちょうど1ヶ月だ」
「私どうしていなくなっちゃったの……?結婚式の前日は……っていうか、朝は悠真の家にいたはずだけど」
私はそのときの光景を思い出していた。
朝、悠真の家に行って、まだ朝ごはんを食べていない彼のために台所に立って……立って、それから?
「とにかくお前が吉井なら話は早いな。1度悠真に会いに行けよ。あいつずっと元気ねぇんだ」
倉田の言葉に、私はただ頷くしかなかった。
体を触ってみてもよくわかった。自分は本当に男になってしまったんだと―――
*****
1ヶ月ぶりに訪れた婚約者の家はなんだか寂しそうに見えた。
倉田にお願いして一緒に来てもらい、私はインターホンを押してみた。
『はい』
出たのは以前にも聞いたことのある、婚約者の母親の声。
「こんちはー。倉田です」
『倉田君ね。どうぞあがって』
ドアを開けて歓迎してくれたのは、見間違えようのないお義母さんになる予定だった人だ。
私と目が合ったが、もちろん気づいてもらえることはなかった。自分はもう全く顔の違う少年になってしまったのだから。
お義母さん、少し痩せたな……
「悠真なら2階にいるわ」
「うん。あ、こいつ俺の親戚の子だからよろしくね」
軽い調子で倉田は答えた。
「…………私がいなくなったことで、みんなにすごく迷惑かけちゃったんだね……」
階段の途中でひとり言のように呟く。
「前日なだけマシだろ。当日だったらもっと面倒なことになってたな」
倉田はひょうひょうと答えた。
いざ悠真の部屋の前に来ると、やっぱり緊張してきた。だけど、会いたいという気持ちは変わらない。
「悠真ー、入るぞー」
相手の返事を待つことなく倉田は部屋のドアを開ける。悠真の匂いがした。
「お前休みだからってゴロゴロしすぎだろ。おら、起きろ起きろ」
「なんだよ……いきなりだなー」
ベッドから起き上がったのは、正真正銘自分の婚約者、市川悠真だった。それだけで私は泣きたくなってしまった。
悠真、よかった。元気そうでよかった…………
「あれ、その子どうしたの?まさか誘拐、とか?」
悠真の視線が私に向けられ、思わずどきっとしてしまった。
もろに目が合ってしまい、私は顔面が真っ赤になってしまうのをなんとか抑えた。
「なわけねぇだろ。親戚の子だ」
倉田は図々しくベッドに座り込んだ。
「親戚の子なんだ。名前なんていうの?」
屈託のない笑みで訊ねる悠真は全然変わっていない。
照れ屋で不器用で子供が大好きでちょっとヤキモチやきで、優しくて気配りができて寂しがり屋で……
それから大好きで…………
結婚したかったなぁ、この人と。
「あれ……、なんかどこかで見たことがある気がするなぁ」
急に悠真がそんなことを呟いたので、私はどきっとしてしまった。もしかして自分のことがわかるんじゃないかと思ったとき、「あ」と悠真が声をあげた。
「思い出した。今度ウチのクラスに転入する湯澤康樹君じゃない?」
違うと言いそうになったところで、倉田に腕を引っ張られてなぜか部屋の外まで連行された。
「お前、湯澤って名前なのか?」
「わからないよ。湯澤なんて人……」
「ほんじゃ、よくドラマとかである体が入れ替わったとかいうもんなんじゃねぇの?だとしたらお前の体のほうに湯澤ってのがいるはずだけど」