「また、めいわくをかけると思いますが、どうかよろしくお願いします」

そう言って母親は、受話器をていねに置いた。

「どうして、尊人君を殴ったりなんかしたの?」

母親が振り返って、重い口を開いた。

「………」

僕は口を閉じたまま、母親の問いに答えなかった。

二人の間に重い空気が漂い、息苦しさを感じた。

「尊人君とは、友だちなんでしょ。どうして、殴ったの?」

母親は僕に説教してるはずなのに怒り声ではなく、どこか悲しそうな声で訊ねた。

「先生からの話だと、先に手を出したのは願からだと言ってるけど、なんでなにもしてない尊人君をいきなり殴ったの?」

母親は、眉を八の字にして訊いた。

「ごめん。お母さんに心配かけたことは、謝るよ」

僕は、か細い声でそう言った。

母親に殴った理由は、伝えたくなかった。殴った理由が、尊人がこっそり僕の好きなつぼみとデートをしていたからなんて、思春期の年頃の僕にははずかしくて言いたくなかった。