「広瀬………」

僕は、彼女の名字を口にした。

広瀬とは幼稚園のときからの付き合いで、高校も一緒の同じ学校に通っている。小学校低学年ぐらいまで、彼女のことを〝つぼみちゃん〟と呼んでいたが、年を重ねていくにつれて名字で呼ぶようになった。

「はぁ」

僕の口から、深いため息が漏れた。

彼女と昔みたいになかよくしゃべれないことに、僕は気まずさを感じていた。

「願。悪いけど、今日もこれで好きな昼食買ってね。今朝忙しくて、願のべんとう作る時間なかったのね。ごめんね」

そう言って母親は、僕に一万円札を手渡した。

「晩ごはんは、作ってあるの?」

僕は一万円札を右手で受け取って、母親に短く訊いた。

「ごめん。晩ごはんは、その一万円から余ったお金で買って食べて。私、今日もおそくなるから」

「そう、わかった」

小さな声で返事をして、僕は母親からもらった一万円札をサイフに入れた。

母親がべんとうを作らなくなったのは、今に始まったことではない。僕が中学入学と同時に、母親はべんとうを作るのをやめた。理由は、父親のせいだ。