「願君は、好きな場所とかあるの?」

二メートル前を歩いていたつぼみが、振り向かず僕に訊いた。

「え、公園……かな?」

好きな場所ではなかったが、僕は家族で出かけた思い出の場所をつぼみに伝えた。

「広瀬は?」

「………」

僕の声が聞こえなかったのか、つぼみからの返事はなかった。

「広瀬は、好きな場所とかあるの?」

さっきよりも少し、大きな声で僕はもう一度つぼみに同じ質問をした。

「そんな人、ここにはいないよ」

白い砂浜を歩きながら、つぼみはまのびした声で言った。

「えっ!」

つぼみから返ってきた言葉を聞いて、僕の頭の中が一瞬で真っ白になった。

右から押し寄せる波の音がさっきよりも近くで聞こえると思ったら、僕の足元まで波が押し寄せていた。振り返ると、歩いてきた僕とつぼみの足跡は、波のせいで半分以上消えていた。