「そして二万円を賽銭箱に納めて、『妻の記憶から、私の存在を忘れさせてほしい』それから、『妻には流産した記憶も忘れて、新しい恋をして幸せになってほしい』と、願ったんだ」

その言葉を聞いて、自然と涙がこぼれた。この先の生きる未来をあきらめて、これからの妻の幸せを望み、お金を使って自分の存在を消した彼に感動した。

妻の記憶から、自分の存在が消えるときはどんなに辛いだろう?この世で一番愛した女性が、自分とは違う男性と幸せになるのはどんな気持ちだろう?

僕にはそんな願いはできないが、大好きな人のために自分をぎせいにできる彼は尊敬できた。

「その願いをかなえた彼は、そのあとどうなったの?」

桜色の唇を開いて、僕は小さな声で女神様に訊いた。

「それ以降、一度も会ってないよ」

つまり、それが答えだった。もう、彼はこの世にはいない。

しんみりとした空気が流れ、鈴虫の鳴き声が聞こえる。

秋は、きらいだった。気温も冬にかけて寒くなる季節だし、どこにも行けなくなる。その寒さの影響なのか、人が恋しくなって、つぼみのことをどの季節よりも考えてしまう自分が苦手だった。