「ちょっと遅くなっちゃったな」
 もうすぐ七時になろうとしている。遺産相続の手続きに、思っていたよりも時間が掛かってしまった。
 駅から店へ向かいながらヘッドホンを取り出して、ジューダス・プリーストの『ペインキラー』を聴く。
 それにしても――出来過ぎなくらいに上手くいった。


 叔父の亀井は資産家で、裕福な暮らしをしていたが身寄りがなく、唯一の肉親である俺にも甘い顔は見せないような人だった。そんな叔父が、遺産を市に寄付するなんて言い出したときには本当に驚いた。
 亡くなった親父の弟だから、こっちも色々と世話をしてきたっていうのに。
 それで閃いたのが交換殺人。

 常連さんの一人に真面目そうな女の子がいて、彼女がうちの店で何をしているのか前から気になってたんだ。こっそり隠しカメラを仕掛けておいたら、やばい闇サイトに入り浸ってることが分かった。
 このことを知ってたから、彼女をうまく使えるんじゃないかと思ったね。
 まず彼女のハンドルネーム・カオルを使って、三木という男と接触した。
 そして彼女が店に来た時にはミキとして取り入る。
 二人に叔父への交換殺人を持ち掛けて、どちらでもいいから実行してくれたら御の字。失敗してもこちらには火の粉が掛からない。俺の作り話もすんなり受け入れてくれ、二人とも乗ってきた。
 叔父が死んだ時にはどちらがやったのか分からなかったけれど、おそらく男の方が殺したんだろう。あとになってカオルのことを探り出したから、他人のふりをしてちょっと情報を教えてあげた。
 
 最後は彼女に気の毒なことをした。
 まさか、あの男に殺されてしまうなんて。しかも叔父と同じように突き落とされて。
 男も飛び降り自殺してしまったし、これで真相を知る者は誰もいない。
 こんなに幸運でいいのかね。笑いが止まらない。
 何か運を使い果たしたんじゃないかって気さえしてくるな。


 笑みを噛み殺しながら歩いていると、後ろから走ってきた男のバッグが肩にぶつかった。
「痛っ」
 こちらを見て何か叫んだけれど、ヘッドホンでよく聞こえなかった。そのまま振り向きもせず走り去っていく。
「まったく、ひどい奴だなぁ謝りも――」
 誰かが後ろからぶつかってきた。
 背中が熱い。
 急に目の前が暗くなっていく。

      *

「ただ今入ったニュースです。
 藪ヶ丘市の連続通り魔事件で犯人が逮捕されました。
 本日、夜七時過ぎに同市水川町で男性が襲われたところを、警戒中の警察官に現行犯逮捕されました。
 襲われた男性は病院に運ばれましたが、死亡が確認されています。
 繰り返します。
 本日、夜七時過ぎ――」



               ― 了 ―