いったいこれは――お前の番と言われて思いつくのは一つしかない。
 僕に誰かを殺せというのか。でも亀井のお爺さんは死んでいる。
 そもそもミキからの手紙なのかな。
 交換殺人のことは彼女しか知らないはず。でも、彼女ならば僕にこんなことを言ってくる理由がない。
 僕がやったわけじゃないけれど、もう目的は達せられたはずだ。
 どうなってるんだ?

 部屋に入ってからも、この手紙のことをずっと考えた。
 宛名もないし、郵便受けへ直接入れたはず。どうして僕の家が分かったんだろう?
 彼女にはハンドルネームしか教えていない。
(あっ!)
 そう言えば、ミキはITに詳しいって言ってたっけ。部長のことが気になって、家からアクセスしていたから辿られたのか。そのリスクを避けるためにネットカフェからアクセスするようにしていたのに……。
 部長のことを話しているから、会社の方からも探れるはずだ。
 交換殺人という刺激的で特異な状況にはまって、冷静さを欠いていた。その気になれば僕のことなんてすぐに分かるのだろう。

(まてよ……)
 もう一度、角ばった文字を読み返す。
(これって、次は僕が殺される番ってこと!?)
 てっきり僕への脅迫だと思ったけれど、よく見れば予告かもしれない。
 亀井のお爺さんを殺す計画を知っているのは僕だけ。
 どうせ一人殺すなら、関係のない木戸部長ではなく僕を殺せば口封じにもなって一石二鳥だ。
 これならミキが僕にこれを送り付けた理由も納得がいく。いや、納得しちゃダメだよ、ヤバいじゃないか。
 家までバレてるんだから隠れるわけにもいかない。どうしよう……。

(待て、落ち着け)
 自分に言い聞かせる。
 他に可能性はないかな。
 脅迫でもなく、殺害予告でもないとしたら――いたずら、か。
(藤崎君?)
 急に彼のことが頭に浮かんだ。最近は何やら思わせぶりなことを言ってきてたし、僕の住所だってすぐに調べられる。
 でも彼だとしたら、なぜ?
 あれを単なるいたずらとして気にも留めないような性格じゃないことを、彼なら知っている。誰かに相談するはず。相談するなら水野だろう。ここまでは予測も簡単だ。
 そこで藤崎君が割って入り「僕が調べます」って自作自演で解決。
 彼に対する好感度が、僕の中で急上昇!
 何だ、この流れ。変な妄想しちゃったじゃないか。
 とにかく、あれを送り付けた犯人を捜そう。
 まずは藤崎君からだ。
 戸締りを厳重に確かめてから寝ることにした。


 翌日、昼休みにはいるとすぐに藤崎君を捕まえた。
「ちょっと話があるんだけど」
「何ですか」
 動揺している素振りはないな。
「この前さ、僕に『もう終わったのか』みたいなことを言ってたでしょ。あれはどういう意味?」
「えっ、いや、どういう意味って……」
「その前には『もう決めたのか』って言ってたよね。僕のことなら全部分かってるみたいなことも。何を知ってるっていうの?」
「あの、いいんですか、言っちゃっても」
 廻りを伺うように見渡している。
 
(え、本当にこの人……知ってるの?)
 内心ビビりながら、黙ってうなづいた。
「山瀬さん、会社辞めるんですよね」
 はぁっ? 何言ってんだ、彼は。
「部長のパワハラに耐えられず、辞めることを決心したのが僕には分かりました。山瀬さん、すぐに表情に出るから。それで、すでに新しい会社の面接も終わった。そうでしょ?」
 あぁ。とんだ勘違いをしてたんだな、彼は。思い込みが激しいというか。
「会社、辞めないから」
「え! そうなんですか?」
 マジで驚いている彼に「変な噂、立てないでよ」と念押しする。大人しい彼だから、その点は安心だけれど。
 でも、これで藤崎君は関係ないことが分かった。
 

 午後になって、外回りをしている間もあの手紙の送り主のことが頭から離れない。
 やはりミキなのか。
 会社へ帰ると、すぐに水野がやって来た。
「山瀬の担当案件について、会社宛てに問い合わせメールが来ていたから返信しておいたよ」
「ありがとう。内容は?」
「案件の具体的なことじゃなくて、提出する書類について。担当者として山瀬の名前を入れておいたから連絡があるかもしれないし、あとで見ておいて」
「わかった」
 画面でメールを目で追っていても、内容が入ってこない。
 駄目だ、早く何とかしないと。


 家の郵便受けを開けると、また封筒が入っている。
 昨日と同じだ。
 中には『ツギハ オマエノバンダ』と書かれた紙。
 誰かに見られているような気がして、辺りを見回した。部屋には入らず、今来た道を戻っていく。

「あ、いらっしゃい」
 たまたま入口の方に顔を向けていた店長がすぐに気づいた。大きなヘッドホンを外して首に掛ける。
「店長さんはパソコンにも詳しいんですか」
 力を借りれないかと思い、聞いてみた。
「設定とかハードのトラブルには強いけれど。何?」
「いや、何か困ったら教えてもらおうかなと思って」
「いつでも言って。私で出来ることなら、手を貸すよ」
 今の感じだと、ハッカー的なことをお願いできそうにはないな。
 とにかく、ミキの痕跡を探そう。

 『あなたが殺したい人は誰ですか』――すべての始まりは、この闇サイトだ。

 掲示板を順に目で追っていく。今日もミキの書き込みは見つからない。
(もうハンドルネームを変えているかもしれないな)
 ログ履歴やIDを調べる技術は僕にはない。
 何とか手掛かりでもと思って、チャットルームに「ミキを知っている人」という部屋を作った。
(僕の他にミキと接触している人がいるだろうか)
 待っている間に『亀井 順二』の名前で検索を掛けてみる。悪どいことをしていたなら、何かしら引っ掛かるかもと期待をしたけれど、亡くなった時の記事すらなかった。
 思いつくまま色々なワードを入れてみたけれど、成果はない。
 もう二時間が過ぎ、あきらめかけていた時に入室を知らせる電子音が鳴った。
 あわてて画面を切り替える。
 入室者の名前はミキと表示されていた。

『ミキ本人なの?』
『そうだよ』
『どうして連絡をくれなかったの』
『それはこっちの台詞だよ』
『どういうこと?』
『とぼけるなよ。カオルは何もしていないじゃないか』
 どうして知ってるんだ。
 キーボードを打つ手が止まっていると、ミキが続けて書き込んだ。
『会って話がしたい』
『ボクも聞きたいことがある』
『明日の夜十時に、あの場所で』
『あの場所って?』
『ときわ台の神社だよ』
『分かった』
 そう書き込むと、ミキは退室していった。

 ミキに会って確かめなくちゃならないことがある。
 明日の夜、すべてが分かるはずだ。