交換殺人って難しい

 もうすぐ九時になる。
 今夜は雲も多く、月も隠れている。
 絶好の条件だ。
 そろそろあのお爺さんが来る頃だろう。
 大丈夫、僕でもできる。
 きっとうまくいく。

 境内の茂みに隠れながら、階段を上ってくるはずのお爺さんを待っていた。
 向こうは僕の顔も知らない。
 近づいて行ったって警戒なんかしないはずだ。
 声を掛けた方が良いかもしれないな。
 何か尋ねるふりをすれば、立ち止まってくれるだろう。
 そこを――。
 ふいに階段を上る足音が聞こえてきた。

 お爺さんなのかな。
 出て行って上から覗き込むわけにもいかないし。
 どうやって相手を確認するか、考えていなかった自分を責めた。
 どうしよう。もう上がって来ちゃうよ……。
 水曜日の、この時間。
 お爺さんで間違いないはずなんだけれどなぁ。
 こうなってみると月明かりでもあれば、顔を確認できたのに。
 人違いだったら――だめだめ、そんなことは絶対ダメ。
 そうこうしている間に足音が近づいてきた。
 どうすればいいんだ、僕は。

 人影が見えてきた。
 ゆっくりと階段を上ってくる。
 あの感じ、やっぱりお爺さんっぽいけどなぁ。
 迷っている間に上りきっちゃった。
 立ち止まって一息ついている。
 行くなら今しかないっ!
 ここから飛び出し、体当たりで突き落とす。


 そうすれば終わりになるはずだったのに……。
 ここから立ち上がることすらできなくて、茂みの陰に座ったままお爺さんが通り過ぎるのを見送った。
 背中がどんどん小さくなっていく。

 交換殺人って難しい。