医者の不養生

夕方の時間帯に涼しさが少し増してきて、その間に杏梨の納骨も滞りなく終わった。


遥は一緒に行くと言ってくれたけど断った。

私の事情に付き合わせる訳にはいかないしね。




巧は・・・・・・・あれからちょっとギクシャク気味。


気付いているの、さりげなくフォロー入れてくれる遥ぐらいだけど。





杏梨の話題避けてるの分かるし。





ってか、正直分からないんだよね。



確かに、杏梨がいなくなって悲しいし、悔しい。



けど、それに対して私がどうのこうの、みたいなことは無いんだよね。




泣いたって杏梨は戻ってこない。

嘆いたって杏梨は戻ってこない。

何したって杏梨は戻ってこないのだから。

私が出来る精一杯をしなければ。





杏梨の為に、泣いてくれるのも、悲しんでくれるのも、杏梨を大切に思ってくれていたからっていうのは分かる。



けど、私の為に、私の気持ちを考慮して、とか。


杏梨がいなくなって私が悲しんでいるから、とか。

杏梨を助けられなくて私が悔しがっているから、とか。


そんな私を考えて、の行動は、正直して欲しくないんだよね。



私なんかの為に、みんなの手を、気持ちを、煩わしたくないから。

「けど、思い通りにというか、みんなの気持ちにまで踏み込む訳にはいかないし・・・」





心配をかけないようにするのは難しい・・・・





「傅雖先生?どーしたんですか?そんな難しい顔して。」





声のした方向には、不思議そうにする麦傍先生がいた。





「え?そんな顔してました?」





とぼけてみたけど、顔に出てたのなら気を付けないと。






「何か難しい手術とかですか?」


「いまのところはありませんよ。・・昼ごはん、何にしようかと思ってて。」




麦傍先生には悪いけど、昼ごはんを食べようと食堂へ向かっていたのは事実だから矛盾はないはず。






「ああ~!悩みますよね!今の季節、ガッツリ系かサッパリ系か、悩みどこですもんね~。私はガッツリ系のカツ丼大盛を食べました!」








美味しかったですよ!なんて、オススメされていると麦傍先生のピッチが鳴る。







「はい、麦傍・・・っはい!分かりました、すぐ戻ります!」



「急変ですか?」



「あ、いえ・・・樫岡先生のお父さん、倒れたって連絡があったらしく早退するそうです。引き継ぎあるみたいなんで、わたし戻ります!」








パタ・・・バタバタと足音を立てながら、産婦人科に戻っていった。



天ぷら蕎麦も捨てがたいですよ!と、なんとも麦傍先生らしい捨て台詞を残して。










「倒れた・・・・」









けれど、麦傍先生の元気な声は、私には水中で聞いているかのように、遠くに聞こえた。

2日後、巧は出勤していた。


遥がいいのか?と聞いたら、単なる疲れからだからと追い返されたそうで。






「あの頑固は生まれ変わっても変わらない。って怒ってた。」







巧からのお土産を片手に、遥が報告しに来てくれた。







「そっか。巧の頑固さは父親譲りだったんだね。」



「みたいだね。・・・・ねぇ、柚希。」



「うん?」





「巧と話、しないの?」





なんの、とか野暮な主語はない。



直球で聞く辺りも遥らしい。






「巧を焚き付けたの、やっぱり遥だったんだ。」




「焚き付けたんじゃないよ、フォローしろとは言ったけど。」







遥はそもそも面倒見がいいんだけど、私に対しては、特に兄貴気質を発揮する。


施設で出会った時も、巧を紹介された時も、生羯メディカルセンターで働きたいと相談した時も。


今も。





前に聞いたら、友達の妹がとても可愛く自分にも欲しかったから凄く嬉しいんだ、だって。


私が来るまでは遥が施設の最年少兼新入りだったから私が来て兄貴欲求が爆発したらしく、私の世話をやいては構いすぎだと施設の人に怒られてたっけ。







「フォローって・・・」







多分、いや間違いなく杏梨のことだよね。







「フォローになってないの分かってたけどね。」






私の語尾のニュアンスで分かった遥は、そう言って苦笑する。

「巧がどんな話したか分かんないけど、あんまり詳しく言ってないことは分かるからさ。」



「巧と話したところで、でしょ?杏梨のことでこれ以上巧に負担を」



「柚希。」






優しくもハッキリとした声。


この声には、聞き覚えがある。




遥を見れば声と同じ、優しくもハッキリとした眼差し。





「出てるよ、悪いクセ。そんなに頑張らなくても柚希はここにいていいんだから。」






私の頭を撫でる仕草は変わらない。






「もう子供じゃないんだけど。・・・分かってるよ。でも、そうでもしないと。遥がそばにいなくても、私はここにいていいって思う為には。」






施設に来たばかりの頃、私は施設だけど迷惑をかけないように、預けた叔母さんにも迷惑がかからないようにって、何かしら手伝いや面倒を見る為に動き回っていた。





何かしらの役目が欲しかった。

両親からは子供という役目さえ無かったから。





そして、世話をやく私の世話を遥がやいて。




私も遥も、必死だったんだと思う。

「柚希の気持ちは分かるよ。・・・この間ね、勇(イサミ)ママに会いに行ったんだ。」





「勇ママに?元気だった?私も会いたかったな。」







勇ママは施設長であり、肝っ玉母さんのような太陽みたいな人なので、親しみを込めてママ付けで呼んでいる。






両親がいなくても頑張れって励ますでもなく、両親がいないから大変って同情する訳でもなく。


ただ一緒に遊んで、一緒に勉強して、一緒にいて見守ってくれる。





勇ママは子供が欲しくて欲しくて堪らなかったのに授からなくて、知り合いから紹介してもらって施設で働くようになった。



だから施設で働けることは天職だって、私が授業で参加したボランティアをもっとしてみたいと相談した時に言っていたっけ。







・・・・じゃなくて!






「なんでいきなり勇ママ?」







話の方向性が見えなくなった。






「話がしたくて。柚希と巧と杏梨ちゃんのこと、それから僕自身のこととかね。勇ママが一番ハッキリ言ってくれるから。」






真っ直ぐな愛情を注いで貰っているけれど、真っ直ぐ過ぎて思春期真っ盛りの時期は口喧嘩が絶えないのも事実。



かく言う私も、勇ママに勝てた試しがない。






「そっか。それ、私が聞いてもいいやつ?」





「もちろん。まあ、結論としては全部一言で終わったけどね。」




「一言?」






「迷惑かけてくれないと寂しい。」







「ふっ、あはははっ!勇ママらしいね。」







わざとらしく口を尖らせて盛大に寂しがる姿が、目に浮かんでしまった。








「それと、柚希があんまり連絡くれないって拗ねてたよ。僕はセンターで毎日会えるのにって。」




「その理由で拗ねられても・・」









日本にいなかった間よりは連絡してると思うんだけどな。









「僕も言った。最終的には、頭では分かっていても、本当のことだし口から出てしまうから仕方ないって開き直ってた。」







それも勇ママらしい。