(春日山城山頂へと向かう道)


 また正月となった。


 この国の冬は、今年もまた深い雪に覆われた。


 正月は毎年恒例、場内及び遠方からも親戚筋や重臣たちがおやかたさまの元へと集まり、宴が開催される。


 雪の中を、遠路はるばる。


 大人たちは酒を飲んで、大騒ぎ。


 子供たちはやがて退屈になってきて居眠りを始めたり、子供同士で集まったり。


 母は別の女性たちと、会話を楽しんでいる。


 私はまだ幼く、他の子供たちとも打ち解けられずにいたので、姉にべったりくっついていたところ、一瞬姉が席を外した。


 その時だった。


 「おい、久しぶりだな。フチューのオトコオンナ」


 振り向くとそこには、親戚筋の男の子がいた。


 確か……、上田の新六(しんろく)とか呼ばれていて。


 私よりも二歳年上のはず。


 しかし一月生まれの私は、同世代の子供たちの中でも大柄で、二つ年上の新六ともそんなに体格差がないほどだった。


 私たちの家系は、親戚が多岐に渡って分かれていた。


 この上田家の新六なる者は、同族とはいえ、かなりの遠縁筋に当たる。


 私の家系は、府中(ふちゅう)家と呼ばれていた。


 「なんだ男女とは」


 私は新六に問い返した。


 「みんな噂してるぞ。府中の末の姫は男みたいだ、って」


 確かにこの頃の私は、体が大きくて活発だったため、男の子と間違われてばかりだった。


 「それのどこが悪い?」


 私はばかにしたように、新六に聞き返した。


 「姫だったらなー、もっとおとなしくしてなきゃいけないんだぞ。お前の姉上みたいに」


 六つ年上の姉上は、私とは全く異なり、おしとやかでお姫さまらしかった。


 「お前本当は、男じゃないのか?」


 そう言って新六は、私の着物の裾をめくり上げようとした。


 子供のたわいもないイタズラ。


 だけど四歳の私には、非常に不愉快なことだった。


 「何をする、新六のバカ!」


 私はゲンコツで、新六の頭をポカリと殴った。


 頭のど真ん中に命中。


 程なく新六は、大声を上げて泣き出した。


 部屋中の視線が、こっちに集まった。


 「またお前か!!」


 騒ぎを聞きつけて、おやかたさまが駆けつけてきた。


 「どうもお前は、元気が有り余っているようだな!」


 怒鳴られた。


 殴られる!


 覚悟をした。


 「申し訳ありませぬ!」


 「父上、お許しください!」


 母と姉が急いで戻ってきて、また土下座をしておやかたさまに詫びていた。


 だけどこの日は、


 「それにしても新六、年下のしかも姫に負けて大泣きとは、男として恥ずかしいぞ!」


 怒りは新六の方へ向けられた。


 「上田の長尾家の跡取りとして、もっとしっかりいたせ!」


 新六はおやかたさまに、尻を叩かれていた。


 するとさらに大泣きする始末。


 新六の両親も飛んできて、必死で泣き止むようなだめていた。


 このとき私は、ちょっと気になった。


 新六の両親に対するおやかたさまの態度が、さほど高圧的ではないのだ。


 私たちや家臣たちに向けるものとは全然違う。


 理解できるのはもっと先のことだけど。


 我らが府中家と新六たちの上田家とは、同族として対等な関係にあったのだ。


 たまたまこの時代、おやかたさまの勢力が際立っていたため、府中家の勢力が強かった。


 おやかたさまが一族のリーダー的存在だった。


 しかし家柄としては、府中家と上田家は対等。


 「将来の上田家当主として恥ずかしくないよう、しっかり鍛えておくのじゃ。将来の花嫁に今から頭が上がらないようでは、この先思いやられるぞ」


 おやかたさまは、新六の両親に告げていた。


 将来の花嫁?


 おやかたさまが何気なく口にしたその言葉の意味を、私は明確に理解できてはいなかった。