当日、私は弘斗に聞いてみた。
「どうして、美術館に行きたかったの? 何か見たい絵でもあった?」
「うーん。これといってないんだけど、こういう文化的なところって普段は行かないから、死ぬまでには一回くらい行ってみたかったんだ」
死ぬまでには、などという縁起でもない言葉を出して、弘斗は答えた。
私はそれを聞いて「何それ」と、のんきに笑っていたけれど、弘斗の台詞が内包していた切実さが、あのときの私には理解できていなかった。
弘斗はこのときすでに、自分が近いうちに死ぬ未来を、少なからず予期していた。
そんなことも知らない私は、弘斗と出かけているという事実に舞い上がっていた。弘斗のリュックに付けられたペンギンのキーホルダーを見たときは、本当にテンションが上がった。
これから先の未来も、弘斗と一緒にいれると思っていた。
この幸せがいつまでも続いていくのだと、信じて疑わなかった。
私は、ただひたすらに愚かだった。
絵画や彫刻を見ながら、館内を歩いた。芸術性とか、そういうことはよくわからなかったけれど。弘斗と一緒に過ごしている時間というのは、それだけで他の何物にも代えられない。そのことは痛いほどにわかる。今なら余計に。
――思い出があふれてきて止まらなくなる。
勇気を振り絞って、玲美に告白したときのことも、僕はちゃんと覚えています。
正直、気持ちを伝えるかは迷いました。そのときにはすでに、僕の体はちょっとおかしかったのです。
伝えない選択だってもちろんあったけど、僕はもう引き返せないくらいに、玲美のことが好きになっていました。
告白したとき、僕は考えていました。あとどれだけ、玲美と共にこうして普通の生活を送れるのだろう、って。そうしたら、気持ちがあふれてきて……。
だから、告白が変なタイミングになってしまいました。ごめんなさい。