弘斗が席を立ち、二人分のグラスを返却用の棚へと置いた。

 そんな小さな優しさに、私はまた、弘斗のことを好きになる。

 店を出ると、外はいくらか涼しくなっていた。

「……あのさ」

 駅まで歩く道の途中で、私は意を決して切り出した。

「何?」

「よかったらまたどこか、出かけませんか?」

 我ながら、ずいぶんと不器用な台詞だと思った。

 でも、後悔するよりはましだから。

「いいね。行こう。どこ行く?」

 水族館に誘ったときと同じような、あっさりした反応。

 私がどれだけドキドキしながら誘ったか、弘斗はまったくわかっていないようだった。

「あ、えっと……ど、どうしようか」

 どこに行くかなんて、何も考えていなかった。

 これじゃあまるで、あなたと一緒に出かけたいですって、そう言っているようなものではないか。まあ、実際そうなんだけど。

「あはは。じゃあ、僕が行きたいところでいい?」

「うん!」

 私は力強くうなずいた。

「わかった。また連絡するね」

 その日のうちに弘斗から連絡がきて、場所は美術館に決定した。

 弘斗の行きたい場所が美術館だというのは意外だった。あまり、そういう場所とは縁がなさそうだったから。