ある時、花壇の土を砂場代わりに掘り返して遊んでいたら、
真紀子さんに見つかってしまった。

そういう時、真紀子さんは決して感情的にならないけど、子供扱いもしない。

ただ淡々と砂場と花壇の土と役割の違いを語った。

とりあえず謝ったら、真面目な顔でこう言われた。

「謝る必要はありません。砂遊びがしたいなら、
ふさわしい場所を選ぶべきだという話をしているのです」


そう、あの人はどこまでも真面目なのだ。
だからこそ、今日の真紀子さんが気になる。

真紀子さんの口から出た、
「ごめんなさい」と「ゆかりさん」の言葉。

これまで真紀子さんが私のお母さんの話したことは
ほとんどなかったから。

真紀子さんが探していた手帳と関係があるんだろうか。

古めかしい鍵で、裏口のドアを開ける。

目の前の階段を上がった2階はプライベートスペースになっている。

お母さんが亡くなるまで、真紀子さんはここに一人で住んでいた。

うちで一緒に住むようになってからは、仕事の合間にお昼を食べたりしていた、
真紀子さんのお城。

あえて光の通りやすいベージュのカーテン。
クラシックなソファセット。

昔と何一つ変わっていないからこそ、真紀子さんがいないリビングは寒々しい。

その静けさに耐えられずに、私は古めかしいCDプレーヤーをつけた。

2本の川が追いかけっこしてるような旋律と少し憂いを帯びたメロディが、
予想外の大音量で流れてきた。

真紀子さんの好きな曲。
バッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲」だ。

真紀子さんの好きな曲を聞きながら、
真紀子さんがうわごとのように繰り返していた「手帳」を探すことにした。