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「あんたがトイラかい? 話はキイトから聞いている」
セキ爺は用心深く、トイラの意識が支配したユキの表情を眺めていた。
「全てを聞いているなら話は早い。はっきり言って俺はあんたらの問題に巻き込まれてしまった。俺の眠りを邪魔をした奴がいる。そいつが言うにはカジビを探せと言ってきた。そうすれば俺を助けてやるだとさ」
ユキの体を借りて見かけはユキであっても、それはトイラらしくあたかも面倒臭いと言わんばかりにセキ爺に食って掛かっていた。
「おい、トイラ。もう少し礼儀正しくしろよ。ユキの体だってこと忘れるなよ」
「ああ、分かってるよ、仁。だが、この爺さんがしっかりとニシナ様とやらを守れなかったせいで、俺はなんだかとばっちりを受けた気になってしまう」
「それは申し訳ないのう。しかし、こちらも言い分がある。去年の騒ぎを黙って見逃していたことを忘れないで欲しい。あんなことをされては山のものは危機を 感じてあんたたちと戦を挑んでいたかも知れぬ。それを押さえ込まれたのはニシナ様じゃ。あの方の理解があったからこそ、あんたらは命拾いした」
それを言われるとトイラは言葉に詰まってしまった。
確かにあの時、好きに使えと提供されていることをトイラは嗅ぎ取っていた。
それが山の神、ニシナ様の意向だった。
「それはすまなかった。こっちも自分達のことで頭が一杯だった。あの時の無礼は謝る」
「まあ、それはもういい。お互いここは持ちつ持たれつで行くのが一番じゃないだろうか」
セキ爺は年の功らしく穏やかに問うた。
トイラは納得し、痛いところも突かれたところで一度大きく息を吐いていた。
「しかし、あんたも大変じゃのう。人間の中に居ては不便だろう。あんたの意識が前に出てはお嬢さんは出てこれないし、話をしたくともできないじゃろう」
この大変さは今に始まったことではないと、トイラは苦笑いになっていた。
「応急処置的なことしかできんが、今すぐあんたらの意識を分けてやろうか」
セキ爺の言葉にトイラも仁も息が止まるほど驚いた。
「そんな事が可能なのか?」
トイラが言った。
「あまり期待されても困るんじゃが、ほんとに応急処置なんじゃ。せめて少しでも力になれたらというくらいのものじゃ」
トイラの目、それはユキの目だが、虹彩が明るく輝いている。
よほどの期待をされて、セキ爺は少し余計なことをしてしまったような後悔の念が少し湧き始めていた。
説明するよりもすぐに実行して欲しいと、仁とトイラの高ぶった感情を読み取り、セキ爺は近くの神社へと一同引き連れて行った。
地元のものは滅多に足を踏み入れる神社ではなかったので、昼間でも誰も人がいない。
だが念のためにと、セキ爺は鳥居のある入り口に薄いカーテンをかけたように結界を張り、誰も入り込めないようにする。
次にキイトに色々と指示をして準備をさせた。
その間、トイラと仁は二人のやることを傍でじっと見ていた。
「この時期は日差しが強くてこれをするにはもってこいかもしれん」
セキ爺は太陽の光を眩しそうに眺め、日当たりいい場所に立った。
「セキ爺、こんな石でいいか?」
キイトは両手でやっと持てるような大きな石をゴロンと地面に置いた。
上の部分が少しくぼんでいて、そこに手水舎から柄杓で汲んだ水を注ぐ。
一体何が始まるのかとトイラと仁はひたすら黙って見ていた。
セキ爺は作務衣の懐から虫眼鏡のような分厚いレンズを取り出し、それを太陽に掲げた。
「トイラ、その石の側に立つんじゃ」
トイラは言われたまま、石を前にして立つ。それはユキと石が一緒に並んでいる姿だった。
そしてセキ爺が手にしていたレンズを向けられると、太陽から集まった光がレンズを通してユキの額を照らした。
熱さは特に感じられず、暫くずっとそのまま光を当てられていた。
「もうこれくらいでいいじゃろ。トイラ、石の上の水に触れるんじゃ」
トイラはしゃがみこんで言われた通りに指先で水の表面に触れた。
それと同時に隣で仁は声を漏らして突然目を見開いた。
ユキの意識も水に触れたと同時に戻り、ユキは困惑しながらしゃがんだ状態で目の前を見上げた。
その後は痺れるほど目の前の光景に心震わせた。
そこにはトイラが立っていた。
「トイラ! 一体これはどういうこと?」
ユキはおもむろに立ち上がり、一体何が起こっているのかわからないまま、ただ呆然と前を見つめる。
だがずっと会いたかったトイラが目の前に居ることで心跳ね上がり、痛いほど激しく胸が高鳴っていた。
落ち着こうにも落ち着けず、体の震えが止まらない。
トイラもあの緑の輝いた目でユキを愛しく見つめている。
「ユキ」
トイラから名前を呼ばれ、その声がしっかりと耳に届く。
ユキはトイラに触れたいがために震える手を伸ばしだが、それはあっさりとトイラの体を素通りしていく。
「だから応急処置なんじゃ。それはお嬢さんの体の中にいるトイラの姿を一時的に映しているだけなんじゃ。太陽と水の力がなければできないし、一定の時間がくればまた消えてしまう」
申し訳ないような顔でセキ爺は言った。
それでもユキは目に涙を一杯溜めながら、これでも充分でたまらないというように感謝していた。
「あ、あの、暫く二人だけにしてあげることはできますか?」
仁が問いかけると、セキ爺は分かったとキイトを連れて離れていく。
仁も幾度後ろを振り返りながらもその二人の後をついていった。
「あんたがトイラかい? 話はキイトから聞いている」
セキ爺は用心深く、トイラの意識が支配したユキの表情を眺めていた。
「全てを聞いているなら話は早い。はっきり言って俺はあんたらの問題に巻き込まれてしまった。俺の眠りを邪魔をした奴がいる。そいつが言うにはカジビを探せと言ってきた。そうすれば俺を助けてやるだとさ」
ユキの体を借りて見かけはユキであっても、それはトイラらしくあたかも面倒臭いと言わんばかりにセキ爺に食って掛かっていた。
「おい、トイラ。もう少し礼儀正しくしろよ。ユキの体だってこと忘れるなよ」
「ああ、分かってるよ、仁。だが、この爺さんがしっかりとニシナ様とやらを守れなかったせいで、俺はなんだかとばっちりを受けた気になってしまう」
「それは申し訳ないのう。しかし、こちらも言い分がある。去年の騒ぎを黙って見逃していたことを忘れないで欲しい。あんなことをされては山のものは危機を 感じてあんたたちと戦を挑んでいたかも知れぬ。それを押さえ込まれたのはニシナ様じゃ。あの方の理解があったからこそ、あんたらは命拾いした」
それを言われるとトイラは言葉に詰まってしまった。
確かにあの時、好きに使えと提供されていることをトイラは嗅ぎ取っていた。
それが山の神、ニシナ様の意向だった。
「それはすまなかった。こっちも自分達のことで頭が一杯だった。あの時の無礼は謝る」
「まあ、それはもういい。お互いここは持ちつ持たれつで行くのが一番じゃないだろうか」
セキ爺は年の功らしく穏やかに問うた。
トイラは納得し、痛いところも突かれたところで一度大きく息を吐いていた。
「しかし、あんたも大変じゃのう。人間の中に居ては不便だろう。あんたの意識が前に出てはお嬢さんは出てこれないし、話をしたくともできないじゃろう」
この大変さは今に始まったことではないと、トイラは苦笑いになっていた。
「応急処置的なことしかできんが、今すぐあんたらの意識を分けてやろうか」
セキ爺の言葉にトイラも仁も息が止まるほど驚いた。
「そんな事が可能なのか?」
トイラが言った。
「あまり期待されても困るんじゃが、ほんとに応急処置なんじゃ。せめて少しでも力になれたらというくらいのものじゃ」
トイラの目、それはユキの目だが、虹彩が明るく輝いている。
よほどの期待をされて、セキ爺は少し余計なことをしてしまったような後悔の念が少し湧き始めていた。
説明するよりもすぐに実行して欲しいと、仁とトイラの高ぶった感情を読み取り、セキ爺は近くの神社へと一同引き連れて行った。
地元のものは滅多に足を踏み入れる神社ではなかったので、昼間でも誰も人がいない。
だが念のためにと、セキ爺は鳥居のある入り口に薄いカーテンをかけたように結界を張り、誰も入り込めないようにする。
次にキイトに色々と指示をして準備をさせた。
その間、トイラと仁は二人のやることを傍でじっと見ていた。
「この時期は日差しが強くてこれをするにはもってこいかもしれん」
セキ爺は太陽の光を眩しそうに眺め、日当たりいい場所に立った。
「セキ爺、こんな石でいいか?」
キイトは両手でやっと持てるような大きな石をゴロンと地面に置いた。
上の部分が少しくぼんでいて、そこに手水舎から柄杓で汲んだ水を注ぐ。
一体何が始まるのかとトイラと仁はひたすら黙って見ていた。
セキ爺は作務衣の懐から虫眼鏡のような分厚いレンズを取り出し、それを太陽に掲げた。
「トイラ、その石の側に立つんじゃ」
トイラは言われたまま、石を前にして立つ。それはユキと石が一緒に並んでいる姿だった。
そしてセキ爺が手にしていたレンズを向けられると、太陽から集まった光がレンズを通してユキの額を照らした。
熱さは特に感じられず、暫くずっとそのまま光を当てられていた。
「もうこれくらいでいいじゃろ。トイラ、石の上の水に触れるんじゃ」
トイラはしゃがみこんで言われた通りに指先で水の表面に触れた。
それと同時に隣で仁は声を漏らして突然目を見開いた。
ユキの意識も水に触れたと同時に戻り、ユキは困惑しながらしゃがんだ状態で目の前を見上げた。
その後は痺れるほど目の前の光景に心震わせた。
そこにはトイラが立っていた。
「トイラ! 一体これはどういうこと?」
ユキはおもむろに立ち上がり、一体何が起こっているのかわからないまま、ただ呆然と前を見つめる。
だがずっと会いたかったトイラが目の前に居ることで心跳ね上がり、痛いほど激しく胸が高鳴っていた。
落ち着こうにも落ち着けず、体の震えが止まらない。
トイラもあの緑の輝いた目でユキを愛しく見つめている。
「ユキ」
トイラから名前を呼ばれ、その声がしっかりと耳に届く。
ユキはトイラに触れたいがために震える手を伸ばしだが、それはあっさりとトイラの体を素通りしていく。
「だから応急処置なんじゃ。それはお嬢さんの体の中にいるトイラの姿を一時的に映しているだけなんじゃ。太陽と水の力がなければできないし、一定の時間がくればまた消えてしまう」
申し訳ないような顔でセキ爺は言った。
それでもユキは目に涙を一杯溜めながら、これでも充分でたまらないというように感謝していた。
「あ、あの、暫く二人だけにしてあげることはできますか?」
仁が問いかけると、セキ爺は分かったとキイトを連れて離れていく。
仁も幾度後ろを振り返りながらもその二人の後をついていった。